工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

Archive for 教材制作

政教分離あれこれ+シャンソンの教材

2009年 11月 26日

「閲覧室」の『フランスの政教分離』につづく企画として、ルネ・レモンの『ライシテの創造 ― 一七八九年から未来に向けて』René Rémond, L’Invention de la laïcité française, De 1789 à demain を翻訳し、長い訳者解説(のようなもの)を書いて、さらに伊達聖伸さんに用語解説(のようなもの)を作ってもらい、3点セットで書物にしようと考えています。伊達さんは、ジャン・ボベロのもとで博士号を取得した新進気鋭の研究者。原稿用紙換算で、原著240枚、訳者解説140枚、用語解説がすでに100枚以上という配分ですから、また、好きなことやってますね、といわれそう。

男と女の話が片鱗も出てこない本を出すのは、なにしろ生まれて初めてなのです。ルネ・レモンは、1905年の「政教分離法」によって排除されたカトリック教会の立場から考える。しかも分析の視点は、政治史+法解釈です。苦労をしましたが(きっと穴だらけでしょうけれど)、たしかに「ライシテ」とは「法制度」の問題であるはずで、新しい世界を垣間見ましたね。法学部を卒業して、大学院で仏文を専攻した長年の友人に、思わずこんな質問をしてしまいました──あなた、どうして法学部やめちゃったの? 面白いじゃないの…。

苦労はほかにもありました。出版社探し。三度目の正直でお引き受けくださった出版社の社長に、あ、表紙に「フランス」と入れたら売れませんよ、といわれて、そうか、これは貴重なご意見をいただいた、と肝に銘じた次第です。

「フランス」では売れない──そう、皆さん、これは肝に銘じておきましょう! だったら「フランスだけ」ではないという話にすればいいのでしょう? というわけで、訳者解説のようなものは「政教分離あれこれ」という精神で、ひたすら調べ、考えながら書きました(もちろん穴だらけ)。構成は以下の通り。
  1.フランス共和国は「特殊」なのか
  2.アメリカ式政教分離と神の「居場所」
  3.ケベックという参照点
  4.ライシテとムスリム

まだ入稿もしてない本の宣伝をするなど、はしたないようではありますが、伊達さんから送られてきた力作を読みながら、コラボレーションのアイデアを練っているところなので、頭は「ライシテ」にどっぷりです。その一方で、これ以上HPの更新を遅らせることができない理由があるので、本日はこれまで。

その理由とは、12月5日(土)と6日(日)の面接授業「シャンソンで学ぶフランス語」の教材を1週間前にアップすると予告してあるからなのですが、ここで気分転換にパリ国際大学都市の眼に沁みるような紅葉を…。


パリ国際大学都市'

K.NAKATA

さて、教材です。シャンソンを選ぶのは、担当講師の笠間直穂子さん。今年のテーマは? わたしも彼女の選曲を楽しみにしています。曲の解説は二人で、ヴァセルマンさんがフランス語でテクスト分析、それから発音練習、という贅沢なメニューです。世田谷学習センターで、毎年、クリスマス番組の気分でやっております。

「シャンソンで学ぶフランス語3」教材(PDF)

面接授業「初めての韓国語」――共通教材の新シリーズです

2008年 12月 24日

「生涯学習」という言葉には、知的で洗練された響きがないと思われているらしいことは、いかにも残念です。本当は、学びつつ生きることほど、お洒落な人生はないと思うのですが。

放送大学に着任して早くも5年。素晴らしい出会いが、数えきれないほどありました。週末に卒業研究の口頭試問を終えたばかりで、ちょっと気分も昂揚しております。年々収穫が増えて、今年はとりわけ豊作でした。これまで一度も長い文章を書いたことがない、という履修者が、原稿用紙で数10枚、人によっては150枚ほどを、数カ月で書き上げる。着地した地点に広がる風景は、スタートの地点で見えていた風景と、まったくちがうはず。ひとりひとりの成長ぶりは、端で見ていても爽快です。

さて本日は、広報活動です。生涯学習者のための外国語教育。といっても、英語は条件が異なりますので、初めて学ぶ外国語(初修外国語)の構想について。放送大学は社会人の大学なので、制度的な問題も理解していただけるでしょう。

「市場原理」の働くところ、コストはかかるのに投資効果が目に見えにくい科目は、定期的にリストラの嵐にさらされます。かつて東京大学教養学部のカリキュラム改革にかかわって、それなりに多様で新鮮な教育プログラムを立ち上げることが出来たのは、本当に幸運なめぐり合わせでした。しかるに、考えてみればその後はずっと、ひたすら「市場原理」との闘いでした。いじけているわけではありません。外国語と文学を担当する教師であることを、わたしは誇りに思っています。

この5年間に開発した様々の教材と、何ものにも替えがたい人間のネットワークを基盤にして、新しい「共通教材」を立ち上げます。関東一円で開講される初修外国語の面接授業は、さまざまの事情で変動はありますが、1年でおよそ100科目ほど。その運営が支離滅裂にならぬためには、一貫したヴィジョンのもとに、これを組織することが必要です。科目ごとに「共通教材」を制作し、これを共有したうえで、あとは担当講師の個性を活かした授業をやっていただこう。これが着任した年度の終わりに立てた企画です。

本年度、南関東の学習センターで開講されている外国語は、さまざまのレベルの英語のほか、中国語、韓国語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、アラビア語、イタリア語、ポルトガル語、ロシア語、インドネシア語、フィリピン語(タガログ語)、ベトナム語の計12カ国語になりました。いずれの授業も、ゆたかな留学経験をもつ第一線の研究者が担当しています。

初歩の外国語の授業には、2つの柱があります。第一は、コミュニケーションの楽しさを実感できるような授業。これは一方通行の放送授業がかかえる限界を補うため。第二は、学問的な知見に支えられた文化論を臨機応変に導入する授業。受講者が経験を積んだ社会人だからこそ、担当講師の高い志が通じるという嬉しい印象を、わたし自身も、いくたびとなくもちました。

第三の方針として、あらたに「多言語主義」という言葉を掲げたいと思います。ひとつの外国語をマスターできるような教育システムを、残念ながら放送大学は提供することができません(それぞれの外国語に配分される放送授業は、わずか1~3科目です)。その代わり、というのも何ですが、初歩のレベルではあるけれど、たくさんの外国語に親しんでいただきたいのです。

目標は:
① 文字が読める/発音できる
② 挨拶や自己紹介ができる
③ その国の文化や歴史について、正しい基礎知識を身につける

ご記憶の方もあるでしょうが、横浜市立「いちょう小学校」とその「多言語主義」の試みに関する「朝日新聞」の記事を、以前にご紹介したことがありました(2008年8月12日のブログ)。その記事の見出し「10カ国語の『おはよう』」をもじって、「12カ国語の『こんにちは』」というモットーを掲げましょう。放送大学の学生さんたちにも、地域社会の「多文化共生」をめざし、能動的な市民としての異文化理解のマナーを身につけてほしいという意味です。

この課題に応えるためには、アジアの言語と文化に関する科目を補強することが欠かせません。手始めに、面接授業担当講師の方々が制作してくださった「初めての韓国語」の教材を、このサイトに立ち上げます(クリックしてください:「初めての韓国語(発音編)」「初めての韓国語(会話編)」)。

これまで面接授業の工夫と改善には、ずいぶん力を注いできました。低コストで即効性が期待されるという戦略的な理由もあります。ところで「市場原理」という勝てぬ相手と闘うために、もっとも強い味方は、このサイトを読んでくださる学生の皆さんです。

いかに講義の質を高めても、少数の参加者しかいない授業は「風前の灯火」なのですから。まずは、たくさんの外国語を片端から履修してください! 多様な言語と文化に親しむことにより、おのずとグローバル化の時代にふさわしい「異文化理解」の道が開けるにちがいありません。

さらにもう一点。以前から気にかかっていたことですけれど、サポートの意見、新しい科目の要望なども、積極的に学習センターの窓口や担当事務に届けるようにしてください。個人的な苦情やクレームばかりが教育の現場に持ちこまれ、創造的な努力が評価されること、いや認知されることさえないとしたら、それはいかにも残念な話ではありませんか。

教育は出会いのドラマです

2008年 11月 7日

もう、じきに現役は退くつもり、などと公言する一方で、はじめて教壇に立った若者のようなタイトルを掲げてしまいました。

でも、本当にそう思うのですよ。短絡的で不毛な「市場原理」に苦しめられているのは、教育業界にかぎらないでしょうけれど、二言目には「評価」だとか、「数字で示せ」といった号令が飛んでくると、これじゃあ教員は疲弊するし、現場は荒廃するなぁ、とつくづく感じます。それでも大学が企業と異なるのは、教育の現場には、何か特別なものがあるということでしょうね。わたしはこれを「命」とか「神聖なもの」とか、時代錯誤な言葉で呼んでいます。

そもそも放送大学の教員にならなければ、このさわやかな自然と秋の陽光につつまれた建物で、初対面の人たちをまえに授業をやっているわたしなどありえなかった。そんな思いが何度か頭をよぎった出張でした。山口学習センターは、環境は抜群、ただしかなり不便なところにあります。時刻表を見たらJRが1時間に1本以下! 都市の中心部の過疎化が進み、地方全体のインフラが急激に変貌してしまっていることを実感しました。そうした条件のなかで、こぢんまりとした集団ながら―あるいはむしろ、小規模なセンターの求心力のようなものを発揮して―元気に活動している学生さんたちと出会うことができました。

1日の授業を終えたあと、交流会をやりたいという提案が同窓会からありました。さすがに自宅から小一時間のところにある神奈川学習センターとちがい、前もって顔合わせや勉強会は出来ませんから、あらかじめ著書や訳書をえらんで何冊か送っておきました。読んでくれた人に景品としてサイン入りで差しあげます、というアイデア。遊び心は大切です。

開口一番、「ココット」の話に「ハマッテ」いますと伝えてくれた方、『シェリ』の「あとがき」まで読めば、「高級娼婦」と訳される「ココット」が何であるか、およその想像はついたはず。集英社の文庫本でプルーストを読みなおすと約束してくれたモーレツな読書家さん、ちゃんと通勤電車のなかで読んでいるでしょうか。

こんな楽しいエピソードが思い出に刻まれるのは、遠征のご褒美かもしれません。もっともそれは、教室がどこにあろうと同じことですが。ひょっとしたら、この人は、論文が書けるかもしれない! と内心で独り言を言うときのわたしは、思いがけず美味しいご馳走を見つけたときのような昂揚感を味わっている。年齢のわりには、人生に対して食いしん坊なのです。

センターの学生さんたちが声をかけてくださるのは、「ノルマ」で派遣されるより、ずっと心がはずみます。今回は、さる男性が熱心に「指名」してくれたのですって。じつはわたくし、自分は女性に人気があると勝手に決めこんでいる女性なわけでありまして、こういう予想外の面白さをふくめ、山口では現場ならではの「命の洗濯」をさせていただきました。

話は変わりますが、「外国語学習と異文化理解」のベトナム語教材のコーナーに、『ベトナム 私の故郷』という美しい歌が立ち上がりました。

「初歩のベトナム語」 (タイトル下の田園風景の窓をクリックしてください)

ベトナムの人なら誰でも口ずさむことのできる国民的な愛唱歌だそうです。面接授業を担当してくださっている吉本康子さん、小川有子さんが制作してくださったDVDの素材の一部です。わたし自身、聴いてみたら、なんて懐かしく胸に響く音楽……とすっかり惚れこんでしまい、なんとかなるかしら? とつぶやいたら、ほんとに、なんとかなってしまったという話。

たまたま友人のご親戚にベトナムの著作権関係の偉い方がおられたから、というので、信じられないような早業と好条件で、著作権処理をしてくださった小川さん。研究のうえでも役立ちますから、と独りビデオを抱えて街を歩き、笑顔の子どもたちや、籾殻を山積みした荷車引きのおじさんに話しかけながら、活き活きした動画の素材撮りをしてくださった吉本さん。

自慢じゃありませんけど、こうした高水準の「ヴォランティア精神」に支えられて、わたしの「外国語学習」サイトは成長してきたのです。カメラをかまえた日本人が現地の文化を知る研究者で、現地のふつうの人たちと対話をしているからこそ、異文化コミュニケーションの和やかな雰囲気が、画像や映像に漂うことになる。観光ガイドのためにプロのカメラマンが撮ったぴかぴかの写真などは、わが「教育哲学」には馴染みません。

小川さんは、夏の神奈川学習センターとの交流にもご登場くださった若き友人ですが、そのときの講演会をDVDに編集したものが、フェスタ実行委員の木村さんから送られてきました。花束をいただいたあと、なぜかわたしが、小川さんのワンピースのベトナム刺繍を自慢している場面があったりして、イヴェント全体のことが思い出され、よい記念になりました。

そういえば、あのとき講演会場で、出来上がったばかりの『ベトナム 私の故郷』のお披露目をしたのでした。参加者の皆さん、ご自宅のパソコンのまえで、ゆっくり眺め、聴きなおしてみてください。そして1学期の面接授業「初めてのベトナム語」に挑戦してください! いずれ、このサイトで構想を詳しくご説明しますけれど、首都圏のセンターでは、来年度から初歩の外国語を多様化して、新プログラムを展開します。

「初歩のベトナム語」と「フランス文化紀行」

2008年 1月 29日

「外国語学習と異文化理解」のサイトに「初歩のベトナム語」と「フランス文化紀行」が立ち上げられました。

フランス語教材については2007年10月23日「教材制作の舞台裏」に予告を書きました。オートリーヴという田舎町の郊外に出現した「シュヴァルの理想宮殿」が第一の舞台です。まだ枠組みが出来たという程度。これを本格的な語学教材に発展させるのは、来年度の課題となります。

「初歩のベトナム語」の教材制作を担当してくださったのは、面接授業の講師、小川有子さんと吉本康子さん。じつに有能でセンスがよくて、ネイティヴの留学生たちとの音声収録など、お手伝いしたわたしにも、楽しい経験でした。

自慢するようですが、若手研究者たちの制作する放送大学の教材には、ほかでは真似のできない「学問的」な価値があります。お二人が長年のフィールドワークで収集した貴重な画像をふんだんに公開してくださいました。次回、夏の集中講義の授業では、言葉と文化を往来する知的な対話がかわされて、学習センターの教室が「時間と空間の旅」への誘いとなることでしょう!

以下は、小川さん、吉本さんが、このサイトに寄せてくださった紹介文です。

「初歩のベトナム語」のウェブ教材について
放送大学面接授業担当講師 吉本康子 小川有子

080129nhatrang 〈ニャチャン〉
080129hataori 〈機織〉
080129sumo 〈相撲〉

一昔前までは戦争や難民といったイメージが強く、渡航することさえ難しかったベトナム。今では、ドイモイによる市場経済の導入と対外的な開放化により、たくさんの外国人が訪れるようになりました。日本からも一年間に30万人以上がベトナムを訪れているといいます。ベトナムを旅した人からは、「ベトナム語の発音は難しい!通りの名前も通じなかった」といった声をよく耳にします。

ところで、ベトナムといっても、その様相は決して一様ではありません。まず、ベトナムにはそれぞれ異なる言語を話し、独自の文化をもつ54もの民族が暮らしています。また、料理の味付けにしても、あっさりしょっぱい北部、辛味の強い中部、甘酸っぱい南部というように、地方ごとに異なっています。

もちろん、言葉も随分違います。一般的に、標準語は首都ハノイがある北部の言葉だといわれます。そのため日本でも北部のベトナム語を学ぶ人が多いようです。しかし北部の言葉を学んでも、南部のホーチミン市に行くと「え、勉強したのに聞き取れないし通じない!」といったことが珍しくないのです。

今回制作した教材では、ベトナム語を学び始めたばかりの人を対象に、身近な場面でよく使われる表現を学んでいただくだけでなく、ベトナム語の多様性も知っていただけるよう工夫しました。そのため、全ての単語、会話に、北部と南部両方の発音を収録しています。

教材の内容は、「ベトナムの人々」、「日常生活」、「ベトナムの国土」の三部構成になっています。「ベトナムの人々」では、ベトナムの文化と言葉を学ぶ時には欠かせない民族の名前や人の呼び方を、「日常生活」では、朝起きてから夜寝るまでのあいだによく使われる表現を学ぶことを狙いとしました。「ベトナムの国土」では、ベトナムの地名や観光地とともに、北部から南部にかけての美しい景色がたくさん出てきます。ベトナム縦断の旅に出たような気分を味わっていただきたいと思っています。

教材のなかで用いている素材は、1990年から現在までのおよそ17年間に撮影した写真です。なかには今ではもう見られない町並みや風景があるかもしれません。時間と空間を旅しながら、ベトナム語を楽しく学んでいただけることを願っています。

プルーストの小径

2007年 11月 20日

木枯らしの吹く季節。戸外の冷気と室内のぬくもりが二重に読書の静謐をつつみこんでくれる。日本の気候風土のなせるところか、そんな理想郷のイメージが、一方にあるようです。

他方でフランスの読書には、陽光のふりそそぐヴァカンスが似つかわしい。という勝手な思いこみは、ひとつの鮮やかな思い出に由来します。

子ども時代の日々のなかで、それを生きることなく過ごしてしまったと思われた日々、つまり大好きな一冊の書物とともに過ごした日々ほどに、充分に生きたといえる日はないのかもしれない。

「読書について」というエッセイの冒頭ですが、プルーストには、人生最高の読書とは、子どものころの読書なのだという確信がある。『失われた時を求めて』の第一巻「スワン家の方へ」によれば――子どものころに庭で夢中になって本を読んでいると、その登場人物たちの生きている世界の風景が色濃く脳裏に浮かぶ一方で、ふと目をあげれば見えるはずの緑の木陰や花々の色彩も、あたりにそこはかとなく漂っている……。

そんな二重の色彩感覚を、わたし自身はもったことがありません。わたしの思い出に屋外の読書はないのだし。記憶をたどれば、ひ弱な小学生だったわたしの読書には、布団にもぐりこんでやり過ごす長い時間の気だるく平和な感覚が結びついている。プルーストを読み返すうちに、わたしはしだいに読書の思い出を、他人のそれにすげかえてしまったのかもしれません。

今では他人のものとは思われなくなった、子ども読書の理想郷を、生のイメージとしておとどけします――なんのことやら? と思われるでしょうね。

『世界の名作を読む』の「プルーストの小径」が更新されました。これで、ひとまず完成。小説の語り手が少年時代に休暇を過ごしたコンブレーの風景です。「レオニ叔母の家」の寝室から、地平線にとどく青々とした麦畑まで。気鋭のプルースト研究者、坂本浩也さんが、デジタル画像を構成し、解説文を書いてくれました。動画のほうは、外国語ポータルサイトでも活躍している森元庸介さんの撮影です。

同じサイトの「朗読サンプル」のページには、新しいテキストが3つ追加されました。『失われた時を求めて』からは「プチット・マドレーヌ」と「心の間歇」を。そして「読書について」のなかからは、いってみれば「大人の読書」の粋と呼べそうな断章を。「テキスト」をクリックして、「縦書き・横書き」を選択してください(PDFソフトが必要です)。

ついでに宣伝しておきましょう。同じく「朗読サンプル」のページ。メルヴィルの短篇『バートルビー』は、講師の柴田元幸さんが、このサイトのために、新訳を仕上げて提供してくださったもの。なんとも贅沢な「文学の贈り物」ではありませんか。

「プルーストの小径」に話は戻りますが、地図の左下にある公園プレ・カトランは、わたしの偏愛するヴァカンスの読書空間です。movieの小鳥のさえずりは本物。「消さないでね!」とディレクターに注文をつけました。

光に満ちたプルーストの世界が、多くの方々にとって、親しく懐かしいものとなりますように……。