工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

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vivre ensemble(多文化共生)

2008年 10月 9日

放送大学に着任して5年。ようやく市民社会における初修外国語教育の可能性が、少なくともその可能な一例が、おぼろげながら、見えてきたところです。いずれ具体的な構想をご紹介しますが、少なくとも「グローバル化=英会話」という固定観念からは、解放されたいですね。

ひょっとして、わたしが超・後期高齢者になって、どこかのホームでインドネシアから働きにきた可愛い若者たちのお世話になるとしましょう。そのときわたしが、Selamat pagi. Selamat siang. とか、まずはカタコトで挨拶してみて、自慢じゃないけど、昔々、若いころにね、バリ島ぐらい行きましたよ、まだ観光化していなかったし、夜の砂浜のケチャは圧巻だった、とか、バリ島だけじゃなくて、スンダ地方のしっとりしたガムラン音楽はいいわねえ、昔、放送大学で教材を作っていたころに、東南アジアの音楽に惚れたんですよ、とか、チレボンのバティック(ろうけつ染め)は、そりゃ素敵だけど、結構、高いわよ、とかお話すれば、きっと仲良しになれると思うのです。

東南アジアのクリクリした目の若者と超・後期高齢者のわたしが、カタコトの「英会話」をやっているという光景は、少なくともわたしにとっては、想像するだにグロテスク(専門的な知識に関して「医療英語」が必要なことは推測できますが)。聡明な若者たちは、どんどん日本語を習得してくれます。お返しに彼ら・彼女らの祖国のことを、わたしたちも学びましょう。

「国際化」の時代には、諸言語のあいだに強烈なヒエラルキー、階層構造がありました。とりわけ「国際会議で通用する英語幻想」とでも呼べそうな自然科学系の研究者の固定観念があって、なんだか日本人の全員が、理系の国際会議を頂点とする外国語コンプレックスを共有しなければ、それこそ人間じゃないみたい! なのですが、まさか、と思っていたのに、市民教育の現場でさえ、「英語」と「国際会議」以外の話題を提案しても、なかなか耳を傾けていただけない。これは衝撃的ですらあります。

「多文化共生」とは何か。それは、エリートが海外に出張して英語で交渉するという話とは違うのです。地域社会で生活する一般の市民が、世界のあらゆる地域から国境を越えて流入する、さまざまの異文化とむきあっている。そこで、いかに双方向的なコミュニケーションを成立させるかという問題です。問題というと、重く感じられるけれど、国境が開かれて普通の人々が多様な文化と交流できることは、面白い。学ぶとは、その面白さに歩みよることに他なりません。

放送大学の外国語教育のアイデアを練ることで、わたしの展望(なんて、大袈裟ですけれど)も広がった気がしています。収穫の乏しい夏ではありましたが、大学院の教材の最後の章は、言語政策の話で、ヨーロッパ国民国家の「国語」を出発点にして、植民地化をへて独立した後のベトナム語、インドネシア語の例にふれました。ところでアジアのイスラーム圏からアラブのイスラーム圏へとひとっ飛びすれば、「政教分離」というテーマは目前です。

現代世界の「政教分離」が視野に入れるべき問題、とりわけフランスの「ライシテ」が関わる問題は、もはや「宗教vs.国家」の対立ではないし、単純な「宗教vs.宗教」の抗争などでもない。まさに「異文化が共に生きる」vivre ensembleという課題なのではないでしょうか。

たった2冊ではありますが、以下は夏の読書の収穫でした。ジル・ケペル『ジハード―イスラム主義の発展と衰退』丸岡高弘訳、産業図書、2006年。小杉泰『現代イスラーム世界論』名古屋大学出版会、2006年。前者では、イスラームを見つめるヨーロッパの視線が手に取るようにわかる。後者では、イスラームが固有の思考法を立ち上げるプロセスを再構築する日本の研究者の思考法を追うことができる。

1世紀前のフランスは、国家がカトリック教会をターゲットにして「ライシテ」を定義したわけですが、今日の「ライシテ」の議論は、キリスト教の伝統と現代イスラームの活動との接点で、それぞれが自らの立場を客観化したうえで展開されるべきなのです。つまり、無造作にいうと、上記の2冊と「ライシテ」の本格的な歴史研究のあいだで「鼎談」が交わされたら刺激的かな、と。いかにも無責任な夢想ではありますが。

いずれにせよ、学問の世界、研究者のあいだでも、vivre ensembleという目標は、まだまだ、なのですね。