工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

Archive for 活動報告・告知

デザインについて

2009年 8月 11日

「ちゃらっぽこ」という言葉、フランス語でなんというか、ご存じですか? 答えはcalembredaineなのですけれど。そもそも日本語として、使ったことあります? ちなみに意味は「でたらめ」。それにしても、リズムまで似ていません?

山田ジャク先生(悔しいけれど、漢字のフォントがない)の訳されたフローベール『感情教育』が河出文庫に入ることになり、「あとがき」のエッセイを書くために、久しぶりに、あの威勢のよい日本語で作品を通読したのです。中途半端な遊び人になりかけた主人公の青年が、粋筋の女のお供をして競馬にゆくところ:

「ブラヴォー! あたしたちつうかあね」
「いまにもっとつうといえばかあとなるさ、ね?」
「ほんと、そうかも」

ジャク先生はse comprendre(たがいに理解し合う)を「つうかあ」と訳しておられます。後半の台詞「つうといえばかあとなる」は、同じ動詞の単純未来形。造形された日本語、デザイン性のある翻訳、という形容を思いつきました。

というわけで、フローベールの代表作をおもちでない方は(他の版をおもちの方もぜひ)、ジャク先生の文庫版を揃えてください。7月に出た『ボヴァリー夫人』の「あとがき」は蓮實先生(これがわたしにはプレッシャー)。『感情教育』は9月初めの刊行です。

じつは『デザインの日常英語』という白い可愛い書物のおかげで、このところ「デザイン」という言葉が、頭にちらついているのです。ページ左上に英語の単語を掲げ、「定義」「語源・由来」「効果」「ことばの手がかり」などと題した小さなコラムが散らしてあって、ところどころにお洒落なイラストが入っています。たとえば:

Elegance
デザインのヒント : eleganceは、economyを感じさせる。この言葉は、運動選手たちの無駄のない動きや、余計なものをそぎ取った旋律などをいうのに使われる。科学の分野では、複雑な工夫なしに矛盾を解く方法を、エレガントな解決法と呼ぶ。

なるほど。しちめんどうな論文だって「エレガント」に書こうという心意気が大切です。

Figure/Ground
効果 : 「像/背景」の特別な関係をよく理解して利用すれば、作品はもっと面白いものになる。像と背景の面積がほぼ同じだと、目は混乱し、どちらが背景でどちらが像かわからなくなる。この一例がだまし絵で……。

同じ見開きページのコラムに:

ことばの手がかり : 「私たちは、無視することによって――言いかえれば、ある関係のひとつのあり方(=像)に注目して、他(=背景)を無視することによって――考える」アラン・ワッツ…イギリスの哲学者

なんとなく、参考になったような気がしませんか? 最後に肝心の言葉:

Design
拡がり : 動詞としてこの言葉がもつ意味は、人間の活動である。自然界には、デザインと呼びたくなるような形やパターンがよくあるけれども、自然をデザイナーだと考える人はいない。デザインの根本には意図がある。

文章を書いているうちに、頭がマングローブの根っこみたいに、こんぐらかってくることがあるでしょう? そんなとき、パッと白い本を開くと、「断絶と分裂は、現代文化の深層構造の一部をなしている」なんてコラムが目に入り、スパッともつれが切れる(ような気がする)。これはFragmentの項。帯には「デザイナー必携」とか書いてありますが、こんな清涼剤みたいなブックレットを、プロに独占させておくのは惜しい。

『デザインの日常英語』 『ボヴァリー夫人』 『今日の宗教の諸相』

ひとつの単語や表現がFigureとなって背景からくっきり浮き立って見えるテクストはあるものです。チャールズ・テイラー『今日の宗教の諸相』より:

脱魔術化が進むに従って、とりわけプロテスタントの社会では、宇宙と政治形態の両方について別のモデルが形づくられた。そこでは「デザイン」という概念が決定的に重要であった。

というのですが、引用をもう少しつづければ:

宇宙のなかの神の現前は、政治形態のなかの神の現前という考えと結びついている。政治形態についても前者と似たような変化が生じる。神聖なものはもはや、聖と俗の水準双方にまたがって君臨する王のなかには存在しなくなり、神が現前できるようになるのは、わたしたちが完全に神のデザインに従った社会を建築するかぎりで、ということになる。

要するに「神は、わたしたちのデザイナーとして存在するのである」というわけ。新大陸には、聖なるものを体現する制度、教皇庁や聖職者や君主などは存在しなかった。更地に建国されたアメリカという神話のなかで、キリスト教の神の「居場所」はどこなのか――今まで、この難問に答えてくれる文章には、ついぞ巡り会ったことがありません。チャールズ・テイラーの解答は、なんとも「エレガント」ではありませんか。

さて、チャールズ・テイラーのあと、自分を話題にするのは、なんともおこがましいのですけれど、不況の時代、業界的な広報活動を惜しんではならないと覚悟を決めております。

「朝日カルチャーセンター」からお誘いをいただいたので、数年ぶりにフランス語のテクスト分析をやってみようと思います。題してフランス語で読む恋愛小説 — カルメンの謎、初級文法を終えたぐらいのレヴェルの語学講座です。「デザイン性」のある授業ができますかどうか(受付開始は8月19日だとのこと)。


Vélib'

K.NAKATA

「条件法過去」の夏

2008年 9月 23日

へとへと、です。むなしく書類にふりまわされた夏でした。命の通った「教育」をしたいと思うと、たいてい「制度」と衝突するのです。

HPも、長らくお休みしましたが、まずは「条件法過去」の写真をお見せしましょう。「昨日、もし晴れていたら、外出したのだが」とか「あの時、あなたがそう言ってくれたら、うまくいったはずなのに」とか。過去における非現実の仮定をあらわす時制を、フランス語で「条件法過去」といいますが、わたしの用語では、「あの人、条件法過去ね」というのは「愚痴っぽい」という意味。それでも一応、写真の由来を説明しておきますね。

鈴木一誌さんと管啓次郎さん、そしてわたしが、池袋のジュンク堂でトークセッションをやってから、もう半年近くたってしまいました。鈴木一誌さんが装幀を手がけてくださったわたしの評論集『砂漠論』は、そのときの話のネタのひとつ。管啓次郎さんがセッション直前の旅にこの本を持参して、記念写真をとってくださったというわけ。

Rapa Nui

写真のなかの、ぽっちゃりした手は、チリの女の子の手だそうです。管さんは島から島へと地球をわたり歩く人。わたしの本は、砂漠とバルザックの貴婦人がテーマ。そしてイースター島は、ピエール・ロティゆかりの地(二十歳のころ、人類学調査団の一員として、この島でモアイのスケッチをした)。なんと支離滅裂で素敵な出会いでしょう。と、独り、夢想を誘われておりました。

それに、今度は、ロティを素材にした本を書きたいと思っているものですから。予定としては、早々に大学院の印刷教材を書きあげて、今年の夏は、自分の本を! と思っていたのに、ああ、それなのに、「条件法過去」になってしまいました。

こちらは「複合過去」の話。神奈川学習センター「フェスタ・ヨコハマ」の講演会が、無事おわりました(2008年8月12日「横浜開港から多文化共生へ」参照)。これが休暇とはいえぬヴァカンスの最良の思い出。沢山の方が来てくださいました。だれかが「ネームヴァリュー」という言葉を使いましたが、そうではないと思う。なにしろテレビには出ないし。流行のテーマを研究しているわけでもありませんし。

それではなぜ? という理由を、わたしなりに考えてみました。まずはポスターの「ベトナム・ヨコハマ・フランス~多文化共生をテーマに」という表題を見た人は、??? と感じたに違いありません。講師が専門と異なるテーマを掲げ、当日は、ベトナムがご専門の素敵な先生も登場(小川さんのアオザイ姿は、本当にエレガントでした)。本番の前に、学生さんと打合会+勉強会のようなものを2度もやるなんて。

素晴らしかったのは、調査に参加してくださった学生さんたちの当日のパフォーマンスです。猛暑の季節、講演会まで1週間という日に、ようやく「いちょう小学校」とその周辺の取材という計画が具体化したのですから、正直のところ、ちょっと心配でした。でも、会場の拍手は圧倒的でしたね。

「いちょう小学校」に隣接する団地のベトナム料理店で、じっさいにボートピープルの方とお話しました、という報告があって、あの日の企画は「命が通った」のではないでしょうか。

1497年、ヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰をこえてインド洋に乗り入れ、アジアの海はヨーロッパとの交易によって栄えるが、やがて植民地化の時代が訪れて、仏領インドシナが成立し、太平洋戦争の終結とともに、ホー・チ・ミンのベトナム共和国が独立を宣言する。ベトナム戦争が泥沼化して、1975年の終戦後、生活の基盤を失った人々が、身ひとつでボートに乗って亡命を企てた。それらの「ボートピープル」のほんの一部が、横浜市に隣接する収容施設に住むようになり、この地域が、今日では「多文化共生」のモデルケースとみなされている。

以上が、わたしの話の筋書きですが、団地に足を運んでくださった学生さんたちは、生身の人間として、世界の歴史の結節点を見出したのです。ここに学びの原点があるという印象が、一瞬、会場に漂って、皆さんの共感と感動を誘った。というのが、わたしの感想です。

かねがね思っていることですが、公共放送というメディアを通しての教育は、やはり一方通行で、本部の教員が真剣に学生さんと向きあう機会もかぎられている。貴重な出会いの場を提供する学習センターの役割に、あらためて思い至った次第です。名古屋在住の学生さんの報告と感想をご覧ください。
http://hobo.no-blog.jp/train/2008/08/post_18c2.html

横浜開港から多文化共生へ

2008年 8月 12日

放送大学の神奈川学習センターから講演会の依頼がありました。2009年は横浜開港150周年に当たり、Webで検索してみると、プレイヴェントの花盛り。篤姫様にあやかって、維新は流行のテーマだし(と言われたわけではありませんけれど)、フランス関係で何か面白いお話はありませんか。という感じの打診でした。どちらかというと破壊的なことをやりたいわたしは気に入りません。今さら、「国際都市横浜」なんて……。

そもそも「国際」って何でしょう。インターナショナル。ネイションとネイションのあいだ。たしかにそれは「国」と「国」のあいだの問題でした。「上様、ハリスにお会いなさいませ」と篤姫様が言うときに、問題となっているのはひとりの「人間」ではなく「日本国」と「アメリカ」であるわけです。こうして横浜・神戸・函館は、「外国」をお迎えする「日本国」の玄関口として開け放たれました。でも、それは150年前の話。

21世紀のわたしたちは、「黒船」ではなくて、「ボートピープル」や「いちょう小学校」のことを話しましょうよ―これがわたしのアイデア。フェスタ実行委員会の木村さんと初めて電話で連絡をとりあった直後、6月29日「朝日新聞」の朝刊のトップに「10ヵ国語の『おはよう』」という大きな記事が載りました。ね、だから言ったでしょ! と喜んだのは、わたし一人かもしれませんけれど。

横浜市立「いちょう小学校」は、インドシナ難民の定住促進センターを足場として、東南アジアの人々、中国残留日本人孤児の家族などが集住するようになった地域にあります。外国にゆかりのある生徒が半数以上。学校のなかでは10ヵ国語の「おはよう!」がとびかうという「多文化共生」のモデルスクールです。

「多文化共生」と「インターナショナル」とはちがうのですね。英語でもフランス語でも、とにかくヨーロッパ系の特権化された言語がひとつあり、ほかの言語を母語とする子どもたちも、その「公用語」を習得し、使用することを義務づけられる。たとえ地元の言葉であろうとも、英語以外、フランス語以外の「おはよう!」は口にしないこと。これが世界中にある「インターナショナル・スクール」の教育理念です。

「多文化共生」というテーマは、多角的に、そして現場の目線でとらえる必要があるでしょう。グローバル化とか、ネイションや国境とか、東南アジアとか、ベトナム戦争とか、インドシナ難民とか、ニューカマーの子どもたちと日本語教育とか、芋づる式に関連のテーマが見つかりそうですね。いろいろと本を注文して……。直前に勉強します。

今回は、講師がひとり壇上で演説するのではなくて、学生参加にしようという企画。もうひとつのアイデアは、放送大学の面接授業でベトナム語を担当している小川有子先生にもおいでいただくこと。

アジア研究の若手と交流するのは、じつに新鮮で楽しいのです。「横断的」とか「学際的」とかいうお題目を掲げなくとも、おのずと総合的な視野が開けてゆく、まさに若々しい学問の魅力、かな。もちろん個人の趣味でやっているのではありません。放送大学は「多文化共生とアジア」をテーマにすべきである。断固として、そう考えているのです。「国際化とアメリカ」を排除せよ、とは言いませんけれど……。やっぱり、何かをこわしたがっているように見えますか?

放送大学の外国語のサイトには、ベトナム語とインドネシア語の立派なウェブ教材が立ち上がっています。そして南関東の学習センターで開講されている面接授業の初修外国語(英語以外の、大学で初めて学ぶ外国語)が、ちょうど10ヵ国語になりました。10ヵ国語の「こんにちは!」 もちろん挨拶だけでなく、オトナのための異文化理解の授業になるように。目下、来年度に向けた教材開発にとり組んでいます。

放送大学 外国語学習と異文化理解ウェブサイト

ところで。講演会のタイトルを見た人に「フランス」はどこに行ってしまったの? と聞かれそう。まあ、インドシナ半島は、ほぼ1世紀、フランスの影響下・支配下にあったわけですし、ヨーロッパとアジアとの異文化交流の成果であるところの香り高いベトナム・コーヒーを、カフェで出そうという話もありますから。

放送大学神奈川学習センター学園祭(講演会の案内)

「手を変え品を変え」その2―『大人のための「学問のススメ」』

2007年 6月 13日

書籍という媒体に親しみを感じるオトナたちに、分かち合っていただきたいのです。多忙な雑務の合間をぬって、好きな本を読み、学ぶための時間を確保したときの、ジーンとくるような悦びを。それで新書を書きました。「手を変え品を変え」の第2弾です(言葉の由来は第1回のエッセイに)。

教育社会学の岩永雅也さんとの共著です。放送大学の同僚たちは、不思議な組み合わせ、と首をかしげるかもしれませんけれど、かなりの名コンビだったと思っています。「ボケ」と「ツッコミ」ということになっておりまして、なぜか、わたしが「幼く怒る」やくどころ。

『大人のための「学問のススメ」』わたしたち教員は、専門の講義のことだけ考えているわけではないのです。わたしの念頭にあったキーワードは、たとえば「人文学」「市民社会の成熟」「女性の生き方」「異文化理解」等。なんと支離滅裂な!とお思いの方、表紙の画像をクリックして、目次を見てください。

正直のところ人前に出るのは大の苦手なのですけれど、今回の企画は本来の意図が「広報活動」です。それで、毒を食らわば……(?)の精神で、トークセッションまでやらせていただくことになりました。

池袋ジュンク堂で、7月5日(木)19時より
http://www.junkudo.co.jp/newevent/evtalk.html
TEL 03-5956-6111