工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

Archive for 今後の構想

若者よ、本を書こう!(その2)

2008年 4月 1日

「『砂漠論』刊行経費の概要」に、さまざまの反響がありました。くり返しの説明になりますが、これはあくまでも、シロウトに理解できる経費の計算法ということで作成していただいた「見積もり」です。デザインは鈴木一誌さんですから、組版や紙代が、しかるべき「格付け」のものになるのは当然のこと。定価2300円と記された書物を手にとっていただけば、「コスト・パフォーマンス」のよい出版物であることは実感していただけるでしょう。
ご参考までに、『ランジェ公爵夫人』の場合、定価1800円で初版6000部。映画公開に合わせた「強気」の数字ですね。それに、どなたもご存じのようにドル箱部門をかかえた大手出版社の計算法は、「個人ネットワーク方式」とは、まったく違います。「会社」と「個人」のちがいは、後者の場合、1冊ごとに、赤字を出さないために工夫し、戦略を練らなければならないということ。その一方で、組織の運営にかかわる費用が要らないという利点があります。以下は、小柳さん提案の「ミニマム・コスト」の「見積もり」です。良心的な印刷・製本業者、センスのよい若手デザイナーには、心当たりがあるとのこと。

〈流動する人文学〉シリーズ 新書判ハードカバー案
■判型
新書版ハードカバー
■頁数
192頁
■部数
初版500部
■原稿枚数
400字×230枚(1頁38字×14行)
■経費
印刷代
30万+α
デザイン代
10万
編集・制作・管理ほか代
10万
校正 著者
0
著者負担
50万円
著者印税:初刷→なし(2刷以降10%)
献本:著者買い取り(郵送費は版元負担)
■進行
完全データ入稿
ゲラ校正 初校1回
■進行経費
本文直し1カ所につき300円(データ通りでないものに関しては版元負担)
表や図版が入る場合、組版代として1点につき2000円
表や図の作成、1点につき3000円
■在庫
3年経過後の在庫は処分(もしくは著者買い上げ) (1冊につき1ヵ月2円+移送代がかかる。仮に500部の在庫もつと月1000円以上の負担となるため)
■販売
大手書店人文書コーナー、アマゾン
■その他
部数は500部増えると、およそ3万円増となる。
版型の変更やカラー頁等は応相談。

要するに、自己資金50万+αで、「本を作る」ことはできるという話です。幸運にも専任ポストの見つかった人は、勤務先の大学に助成金があるかもしれません。学振PDやポスドク研究員の資格を手にした人は、少しずつ貯蓄しておくとか。そうそう!と、わたしが思ったのは、学振の「特別研究員-RPD」(出産・育児のために研究の現場を離れた女性への支援)です。なにしろ900万近い給付があるのだから。1割を業績発表のために備蓄して、子どもを片眼で追いながら原稿を書くぐらいの貪欲さをもってほしい。

わたし自身もふりかえってみれば、30代は翻訳専門で、自分の文章など書けなかった。それゆえ若者を叱咤激励する立場にはありませんが、それでも、つくづく思うのです。とりあえずは課程博士の論文のなかから、専門の違う研究者や一般の読者の関心を刺戟しそうなテーマを選び、これをリライトして、小さな本にしておきましょうよ。書いてみれば、上手になる。書かなければ、上手くなりません。「紀要論文をまとめる」のと、「本を書く」ことは、ずいぶんと違う営みではないか……そう皆さんも思いませんか?

それにしても、上の「概算」は、まだ「計算が合わない」のですね。以下は、自問自答形式で。

  • そもそも、ほぼ無名の新人の本が売れるのか?――工夫をすれば、それに見合った効果はあるはず。潜在的な読者の身になって、タイトルや章の構成を工夫すること、親切な文章を書こうと努めること。それは大切なことですし、だいいち面白いですよ。
  • 500部は適正か?――もっとも格調高い人文系の出版社でも、専門書は500~1000部が相場だといいますから、新人の「完売」はむずかしいでしょうね。しかも書籍は「場所代」がかかるし、あまり考えたくはないけれど、残部を「裁断」する経費も想定する必要があります。
  • 個人研究費で自著を買い取れないか?――事務方に打診してみましたが、これは不可でした。目をつぶってくれる大学もあるか……。一方、学振の科学研究費は、Amazonでの購入などもできるようになり、だいぶ自由化されましたね。この枠組みは使えるかもしれない。
  • 本を流通させる努力は?――著者割引で50~100冊購入してしまい、関係者に献本する。友人や仲間たちは、おたがいさま。本を「買う」ことが「連帯」の仕草です。

さてさて「捕らぬ狸」は、この辺にして。年齢は若手なれど、研究業績は立派な中堅、まだ著書がないから、ということで、鋭意、執筆しているはずの同僚に、様子を聞いてみましょうか。とにかく年内には出してもらいましょう。

ちなみに、この企画、わたしは「広報」を担当しているだけです。専門分野、出身大学、職場などは、もちろん、まったく関係なし。まず、見せられる「現物」をあるていど整え、左右社の小柳さんに、直接ご相談ください。http://www.sayusha.com/

最後にお知らせ。「手を変え品を変え―その3」(ちょうど1年前、2007年4月1日の記事をご覧ください)ということで。豊崎光一先生の精神にならい、また池袋ジュンク堂で、「映画から文学へ」と題したトークセッションをやります。4月17日(木)19時より。鈴木一誌さん、管啓次郎さんと。素敵な友人たちと語り合う夕べを、わたしも楽しみにしております。
http://www.junkudo.co.jp/newevent/evtalk.html#20080417ikebukuro

若者よ、本を書こう!(その1)

2008年 3月 1日

研究者たる者、紀要論文以外は書くべからず、商業誌などに寄稿して品格を疑われるような軽挙は慎むべし、と指導教授に厳命されている若手もあると聞きますけれど、わたしの人生観はこれまでも、どちらかというと破壊的でした。あえて「若者よ、本を書こう!」という企画を立ち上げます。まずは3月刊行予定の著作の「後記」から抜粋を。

若手研究者が自力で小さな本を刊行できる媒体をつくりたい。何を夢のようなことを、といわれるだろうけれど、教授たちが若者たちのまえで人文科学の低迷を嘆いてみてもはじまらない。それよりは、何でもいいからやってみよう、というだけのことだ。

状況をさぐろうと日本学術振興会の出版助成の申請書類を入手して、呆然とした。対象となるのは、COEや大型科研の共同研究を背景とした論文集か、さもなければ大教授の筆になる重厚な専門書だろうか。それも出版社が確定して全面的に協力するというのでなければ、こんな複雑な書類など書けない。小振りな課程博士の論文を書いただけで、「つて」も実績もない若者が、不況に悩む出版社を説得し、さらには「本刊行物が学術の国際交流に対して果たす役割」などという書類の項目を埋められるものか、考えていただきたい。

そこで、経緯ははぶくが、放送大学の学長裁量経費から出版助成を醵出していただいた。申請書には「出版に協力する用意のある編集者・デザイナー・印刷製本業者のネットワーク、書籍作りのノウハウ、助成金の可能性を前提としたコスト計算の方法、等、〈書物の構想から出版までのトータルなモデル作り〉を行う」と書いた。その意図に偽りはない。

じじつ、本を作るための経費の計算法や、デザイン性のある本を低コストで作る手法など、いろいろと小柳さんから知恵をさずけてもらっている。ここにも呆然とするような数字の話は少なからずあって、やはり決め手となるのは発行部数、つまりマーケットで獲得できる読者数であるらしい。それゆえ、この本が物理的にも造本のモデルになるとは考えないでいただきたい。とりあえず手順の感触は得られたが、次なる課題はコスト・パフォーマンス。原稿用紙換算で200枚から250枚ていど、新書版の学術書という構想が芽生えている。すでに職場の若き同僚たち、教え子世代の研究者たちに声をかけはじめているのだが、この先は「現物=原稿」が出てこないことには話が進まない。

編集者の小柳学さん、ブックデザイナーの鈴木一誌さんとは、長いお付き合いになります。お二人のお力添えで、東京大学在職中に『Résonances』、放送大学では『Open Forum』という学生論文集を創刊したのですが、このときの人間のネットワークをさらに発展させようというのが、今回の企画です。

「隗より始めよ」の精神で、著書を1冊、『ランジェ公爵夫人』と同時に刊行します。バルザックの新訳は、ジャック・リヴェットの映画公開と同時刊行、わたしの評論集には書き下ろし「ランジェ公爵夫人」論が入る――というわけでいくえにも「あやかり」のイヴェント性を狙っていますから、いかにも「品がわるい」といわれそう。さらに。

たまたま年度末の発行というタイミングになりましたので、放送大学の学長裁量経費の予算執行に余裕があるかもしれないと思いつき、石弘光先生にご相談したところ、温かいご配慮をいただきました。なんてさもしいの、と叱られそうですけれど、大学の内部に出版助成の慣例を作るのは、研究環境の整備という意味で、ひとつの前進でしょう? それにまた、手頃な価格と美しいデザインのおかげで、一人でも多く読者の手に取ってもらえれば、それが書物の仕合わせというものでしょう?

本作りのノウハウとコスト計算、さらにはマーケットの仕組みなどを、書き手も理解しておくことで、さまざまの工夫ができるはずだと思うのです。小柳さんと相談しながら、おりにふれて具体的な情報を発信してゆきますが、とりあえずは自分の話。

「会社」ではなく、「編集者・デザイナー・印刷製本業者のネットワーク」で本を作ってもらったのは、初めてですけれど、とても新鮮な経験でした。著者印税はなし。出版助成金は50万円です。思わず手に取りたくなるような造本の書物を、定価は抑えて提供し、発行部数は大胆に。というわけで、わたしたちの「野心的で良心的」な経費の概要(見積もり)を、ここに公開します。シロウトが一目で理解できるようにと、小柳さんが作成してくださいました。そのまま若手の著書に当てはめるわけにはゆきませんけれど、ここから先が、工夫なのです…。

ちなみに評論集のタイトルは『砂漠論――ヨーロッパ文明の彼方へ』――前著『ヨーロッパ文明批判序説』の〈彼方〉を、例によって、いささか方向音痴ながら、迷走しつつ探索するという恰好の書物になりました。

工藤庸子著『砂漠論』刊行経費の概要
■造本
版型:A5並製 頁数:248頁 本文 4色×8頁 2色×16頁
■経費
印刷・製本代(紙代含む)
1,430,000円
文字組版代 (800円@1頁 800円×248頁)
198,400円
本文頁作成費 (200円@1頁 200円×248頁)
49,600円
出力費 (100円@1頁 100円×248頁×3回)
74,400円
訂正費 (100円@1頁 100円×248頁)
24,800円
造本装丁
120,000円
校正 (0.5円@1文字 0.5×132,000字)
66,000円
編集費 (1000円@1頁 1000×248頁)
248,000円
管理費(倉庫代等)
24,000円
打ち合わせ費
80,000円
小計
2,315,200円
消費税
115,760円
総計
2,430,960円
■助成金
500,000円
■著者印税
0円
■部数
2,500部
■原価(一冊あたり)
約772円
(経費-助成金)÷部数=
(2,430,960円−500,000円)÷2,500部
■定価 (原価の3倍とする)
2,300円