工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

Archive for ジェンダー

フェミニスト、それとも両性具有?

2012年 10月 25日

10月17日(水)に放送された「クローズアップ現代」は爽快でした。Can Women Save Japan? ――問題提起そのものは、まことに正攻法。IMF(国際通貨基金)の専門家による提言なのですから、女性の就業を促進することの経済効果を明らかにするためのリポートは、理論構築もデータの裏づけも隙なくできている。しかし、番組の迫力と成功は、なんといってもクリスティーヌ・ラガルド専務理事と国谷裕子キャスターという二人の女性のプレゼンスによって支えられていました。

だって想像してみてください、まったく同じ構成の番組をIMFの官僚みたいなヨーロッパの男性と、思い入れたっぷりで愛想のよすぎるNHKの男性アナウンサーとでやったとしたら? それほどにジェンダーというのは、まずは身体的なプレゼンスの問題なのです。

以前勤めていた大学で、要職におられた方が、事あるごとに「女性に参加してもらいましょう!」と言っておられた(内輪では、ほらまた、先生の「女性がいない!」のお声がかかってしまったと笑っていましたが)。とにかく会議でも式典でも教室でも「真っ黒なのは気持が悪い」と思う「感性」を身につけなさい、という厳しい指導を受けられたことは、仕合わせだったと思っています。

もちろんこれは微妙な話なのです。あくまでも一般論ですが、とにかくプレゼンスから始めなければいけないと考えれば、式典などに単に「お客さま」として参加したようになってしまうこともある(ほとんど「ホステス」のように、と批判する向きもあるでしょう)。専門性の高い委員会の「女性枠」は、無理な人選をするために実質的に逆差別になっていることもある。役職的な組織では「アリバイ」としてメンバーに入れた女性に対し、あからさまな「アリバイ待遇」(=あなたは坐っているだけでよいという顔)をする無礼な男性がいたりします。

それでも「女性がいない!」というお声がかかったときは、なるべく身体的なプレゼンスの機能を果たそうと努めてきました。でも、いろいろな場面で、これはもう辞めたほうがよい、と思ったことはあったし、まあ、わたしの場合は、もとが引きこもりですからね。それに人前に出ているあいだは、本は読めない、書けない。人生は「単線運転」なのです。

ここでクリスティーヌ・ラガルド専務理事と国谷裕子キャスターに話をもどせば、彼女たちの身体には、余人をもって替えがたいプロフェッショナルの圧倒的な実績と、惚れ惚れするような知性と、洗練された感性が充満している――この「革袋」みたいなイメージの身体論、出典はプルースト。人間の身体は、他者の視線によって社会的・文化的に構成されるという話なのですが、面白いでしょう? それはともかく、社会的にも文化的にも空っぽな身体のプレゼンスは、いくら数があっても、決して人を説得しないもの。ここが重大なポイントです。

この頃、あなたはフェミニストですか? と聞かれることがあるのですけれど、まあ、レッテルはどうでもよいとして、ヨーロッパ近代小説を生涯のテーマとしたのに、ナポレオン法典のジェンダー秩序についてひと言もふれずに、この世から消えてしまうわけにはゆかない、と思っております。「クローズアップ現代」の「女性は日本を救う?」という番組だって、考えてみれば、ナポレオン法典の父権的家族像から苦労して脱けだしたフランスの女性が、いつまでも西欧近代の古びたモデルにしがみついている日本の男性優位社会に対し、ひと言、先輩として、優雅に発言してくださった、という風情がありました。

好みとしてはフェミニストより、両性具有のほうに魅力を感じますね。ヴァージニア・ウルフ『自分だけの部屋』より――「偉大な精神は両性具備である」といったのはコールリッジだそうですが、つづくウルフの解説によれば、両性具備の精神は、単一の性を具備した精神より、性の区別に拘泥しない。そして「両性具備の精神はよく共鳴し、よく浸み通り、感情を何の支障もなく伝え、本来創造的で、白熱光を発し、分裂していない」(川本静子訳)のだそうです。そうした精神の見本はシェイクスピア。さらに、プルーストは「純然たる両性具備」だけれど「女性的な部分が少し強すぎる」というウルフの指摘を読んで、わたしは思わず笑う。そりゃ、潔癖なウルフにとってはそうでしょうけれど、という意味です。

ナポレオン法典の純粋培養的「男性性」と全面的に対決するためには、プルーストぐらい濃密でスケールの大きい両性具有が登場する必要があったのです。この作家の「強すぎる女性的な部分」とは何かを考えながら、ナポレオン法典以前に遡っているところです。プルーストは母親から文学的な遺産を相続しているのですが、それだけでもじつは、ナポレオン法典の理想に反した構図といえる。『失われた時を求めて』におけるセヴィニエ夫人の書簡の機能を、いわゆる文体論とは異なるジェンダー論の位相で捉えてみたい。ただしセヴィニエ夫人を読まずにセヴィニエ夫人を語るなどということはやりたくありませんので、本日はこれまで。

わたしはプロフェッショナルというほど立派な生き方はしてこなかったけれど、それでも大学の文学研究は無意味ではないということを示すために本を読んだり書いたりすることが、自分のメティエ(=仕事)だと思っていますから、諦めずにつづけてさえいれば、空っぽの身体が文化的に充たされてゆくのだと信じることにしています――という長たらしい文章で終えるつもりだったのだけれど。

本日(10月25日)の「朝日新聞」朝刊を読んで、また気持が悪くなってきました。「男女の平等、日本101位に下落」というコラムのような記事。数字は135カ国のうちですよ。ここでも男女の雇用格差をなくせば国内総生産(GDP)が16%増えるという経済効果が強調されている。ちなみに政治の項目では110位。これはもう「どん底」――絶句するしかない数字なわけです。この頃、地方自治体のレヴェルでは、プロフェッショナルの顔をした女性たちが、ちらほらといい感じの存在感を見せている、この人たちの一部でも国政に出てくれたら、と思っていたところです。とにかくプレゼンスから始めなければいけないのだから、彼女たちにエールを送りましょう。

それはそれとして、深刻に腹が立つのは、この記事の扱いです。経済に特化しているとはいえ国際機関(WEF)による評価報告なのに、7面という、いちばん目につきにくいページで、しかも、同じページのすぐ下に置かれた「週刊朝日」の公告の「尼崎女モンスター…」という顔写真つきの見出しより、ずっと小さなスペースしか割いていないのです!!! もしかしたら、朝日新聞社の編集会議は「真っ黒」なのかな。ひょっとして「アリバイの女は坐っているだけでよい」という隠然たるプレッシャーが社内にあるのでございましょうか。原発関係、教育関係の報道は、他の大手新聞よりちょっとマシかな、と思っていましたけれど、今後一月以内に「朝日新聞」が特集で大々的にこの問題を取りあげなかったら、見切りをつけて講読を止めることに致します。ご一緒に腹を立ててくださる方々、ソーシャルメディアでも何でも結構です、どうぞ「言論運動」(古いか…)を盛りあげてくださいませ。

_10_3
R. MINAMI

マジメな話と恐い話

2011年 6月 4日

コレット『シェリ』を教材にした丸2日(午前10時から夕方の5時過ぎまで!)の面接授業が終わりました。シラバスに「学生へのメッセージ」という欄があって、そこに「男性の参加を歓迎」と書いたことが、どのぐらい功を奏したのかわかりませんけれど、おかげさまで、とてもいい感じの男女共学の教室になり、読書会形式のゼミは大いに盛りあがりました。これはマジメな話。なにしろ、わたしが仏文の学生だったころには、「女性作家でもやっていれば、女も可愛いげがあるけどさ」という雰囲気がなくはありませんでしたからね。裏を返せば、大の男が女の書いたものなど本気で読む必要はないという意味でしょう?

「プルーストが女にわかるはずないよな、なにしろ男だし、それに同性愛だぜ」としたり顔にのたまう男子学生たちに「なに言ってんのよ、プルーストは屹立した父権的男性性から排除されたマージナルな性を代弁しているんです。あんたたちのようなマッチョに、なにがわかるもんですか!」と啖呵を切る度胸などは、はい、わたくしには到底ございませんでしたけれど。女は可愛らしく別室で「女もの」の研究をやっていればよい、と大学が考えた時代、社会も同じようなことを考えたとしても不思議ではありません。

話は変わりますが、これもマジメな話。5月19日のasahi comより――国際通貨基金(IMF)トップのストロスカーン専務理事が18日、辞任を申し出た。 滞在先のニューヨーク市で、性的暴行容疑で逮捕され、収監されており、職務続行はできないと判断したものとみられる。

なにしろ原発も、東北も、中東も気になりますから、こんなことまで熱心にフォローする余裕はないのですけれど、それにしても、フランス人の60パーセントぐらいは、「陰謀説」にかたむいているとのこと。わからぬでもありません。ニューヨークの空港での「逮捕劇」は、「推定無罪」どころか、まるでメディアを意識した「現行犯逮捕」のようでした。そもそも大統領候補になるほどの野心家が、物陰にひそむ性犯罪者のような行動をとる? 女好きというのは、女の扱い方を知っているということでしょ? といった論調もある。

プロテスタント系の英語圏とカトリック系のフランスのジェンダー構造のちがいが、こんなところで、またしても噴出している光景は、それなりに興味深いものがあります。もともと女性の社会進出について、フランスが大きく遅れをとっていることは、女性参政権の実現した年がアメリカは1920年、イギリスは1928年、フランスは日本と同じ1945年という比較をしただけでもわかる。その一方でフランスは、アングロサクソン系の青臭いセクハラ論争を冷ややかに眺め、これに対してアングロサクソン系は、フランス人を性道徳の堕落した国民と決めつける。こうした相違は、クリントン元大統領の女性スキャンダル、ミッテラン元大統領の私生活暴露、さらに昔の映画監督ポランスキーのアメリカ脱出など、ゴシップがらみの事件があるたびに、いささか低俗なトーンで話題にされますが、じつはマジメに研究すれば、しっかりしたジェンダー論が立ち上がるはず。

フランス語に「ジェンダー」genreや「ハラスメント」harcèlementという語彙が馴染みにくかったのは、概念そのものが土着的な思考の内部から発生したのではないから、つまり接ぎ木のように移植しなければならなかったから、という説明ができそうです。ニューヨークでのスキャンダルに相関するかのように、フランス政府の閣僚がひとり、絵に描いたようなセクハラ疑惑であっさり辞任しましたが、これも、なんだか不自然。自浄作用を演出するための寸劇のようでした。

それはとにかく、性差別の克服という課題となると、先進国のなかの劣等生のように言われるフランスが、わたしたちの目には、どれほど「先進的」で羨ましく感じられることか! 

思いだすのはまたもや68年の5月。わたしが住んでいた保守的な地方都市ボルドーにおいても、学生運動の発端となったのは、父権的な家族制度とségrégation sexuelleへの異議申し立ての行為でした。わかりやすく言えば「男子寮と女子寮の壁をとりはらえ!」という掛け声がまたたくまに実行されて、大学当局が手をこまねいているあいだに、郊外の巨大な学生寮が雑居住宅になってしまった。まさにポストモダンの祝祭でした。

ちなみにségrégationは「分離」「隔離」「差別」などと訳しますが、「人種」や「民族」や「宗教」や「性」や「身体的条件」などを根拠にした特定の社会集団あるいは弱者に対する排除の運動を、横並びに共通の尺度で検討できる。その意味で社会学の分析概念として値打ちがあります。

ségrégation sexuelleに抵抗した、わたしと同世代のフランスの女性たちは、60年代に解禁されたピル(経口避妊薬)、そして74年のヴェイユ法(堕胎罪の廃止)により、自由意志による妊娠という権利を手に入れた。とりわけ99年は画期的な年。PACS(連帯民事協約)が同性愛や同居カップルに法的権利を保障して、さらにパリテ法が成立し、政策決定の場の男女不均衡を解消するためのクオータ制が導入されました。その後、社会保障や労働条件も改善されており、たとえば出生率の推移を見ると――日本でようやく上向きになったという今年の数値が1.39であるのに対し――フランスは2.00まで回復しています。つまり、あの時の「お祭り騒ぎ」はたんなる「空騒ぎ」ではかったのですねえ!

恐いのは、あらゆる場面で「男もの」と「女もの」を分けようとするségrégationの思想です。日本では68年の若者の運動も早々に終結し、経済の低迷した70年代から80年代後半になり、思いがけぬバブリーな時代がおとずれる。そして「産学協同フンサーイ(粉砕)!」と叫んだ記憶も、ヒッピーもビートルズも、要するに青春の夢をきれいさっぱり捨て去った中堅の世代が、政治も官僚も企業も純粋に「男もの」という恐るべき日本国を建設することになりました。その副産物として――男女雇用機会均等法にもかかわらず、世界の潮流に逆らって――女は「可愛い人種」に分別されたまま長らくそこにとめおかれます。

ところで「男一色」の世界が危険なのは、人生観も顔つきも、それこそ目線からしゃべり方まで、よく似た者どうしが身をよせあって、暗黙の合意がおのずと醸成される均質で隠蔽体質の集団となり、いつのまにか国民の運命を左右する巨大な権力装置と化してしまうからであります。

「アリバイの女」という言葉、今や死語となってしまったようですが、ご存じですか? 「いくらなんでも見苦しいから一人は女を入れようよ」という組織の判断にしたがって、男の世界に入ることになった最初の女を、昔はこう呼びました。大きな会議場で、みんなが勝手に雑用をやってざわめいているときに、なにかのめぐり合わせで女性が発言すると、みながぎょっとしたように押し黙る。そんな時代です。

ふり返ってみれば、たいしたことは出来なかった、と感じています。でも、異物として居つづけたこと、否応なく異分子でありつづけたことに、なにがしかの意味はあったでしょう。そう、ともに企画を立て、ともに苦労した同僚たちは、ちょっとずれた視点からものを見て、ちがう声音で考えを述べる人間が、いつも組織のなかにいることを、自然な風景として受けいれてくれましたもの。

今だから言っちゃいますけどね、「男もの」を死守する男ってものは、組織の責任の一翼をになう人間が、しごくまっとうなイニシアティヴを発揮しただけなのに、当事者が女であることに気づくと逆上する、それこそなぜ自分が怒っているかもわからぬほどに、自制心を失い、怒り狂います。

本当に恐い話はこれ。つまり個人の主体的な判断を窒息させる「均質な村社会」の暴力ですね。今さら言っても詮無いことですが、やはり考えてしまいます、かりに日本で「政策決定の場の男女不均衡」を是正するためのパリテ法が施行されていたら、子どもたちのために未来のリスクを考えようという声が、国政にもとどいていたのではないか、と。国会と官庁と東電の幹部に、夢のような話ではあるけれど、かりに3割の聡明な女性がいたとしたら……。

権力の中枢は世代交代すべきです! 若い人たち、自分の出番とこころえ頑張ってくださいね。わたしもまだしばらくは、この恥ずかしいほど男社会であるところの日本の社会の端っこで、静かに学びつづけたい、ボケと闘いながら「女もの」として片づけられない本を書いてみたいなあ、と思っています。
bles-bleus1

情報公開

2009年 10月 24日

なんとも色気のないタイトルですね。でも大学という空間に「市場原理」と同じぐらい暴力的な力学となって、「情報公開」の圧力が押しよせていることは事実。制度も個人もおかまいなし。専任教員になれば、逃げるわけにはゆきません。ここは「研究」に話をかぎるとして、毎年、著書・論文などの業績、学会での活動、外部研究費の受け入れ、等々の実績報告をするのです。これは自動的にウェブに公開される情報でありまして、宇宙ゴミのようにインターネットに放たれたデータは、ゴミのように消えてくれるならまだしも、しかるべき検索をかければ、やはり一瞬にして発見されてしまいます。

「検索」にかからぬものは「評価」されることがない。これも恐ろしい状況です。IT的な適応性の欠けている分野──理系に比べれば文系、文系のなかでは社会学系より人文系、人文系のなかではとりわけ文学──は、旗色が悪い。というか、旗を揚げていることさえ、見えなくなっている。専任職をもつ者は、否応なく存在の証しを求められますが、制度に強制されない人たちは、ますます影が薄くなってゆく。というわけで、放送大学で身につけたIT教材のスキルを応用した成果を、本日はご紹介したいのですが、まずは教養の香りと無縁ではない昔話から。

東京大学前期課程のカリキュラム改革は、ある種の「祝祭ムード」のうちに実施されました。なにしろ一高時代の伝統を引きついだ謹厳な「一般教養」の枠組みを、一挙に解体させたのですのですから。理系と文系の学生が同じ教室で学ぶことのできる授業科目さえ、それまではなかった。それほど学問の構造が「縦割り」方式だったのです。

英独仏、外国語の「女性教官」3名が「性差文化論」というテーマ講義を立ちあげて、今なら「ジェンダースタディーズ」と呼ぶであろうオムニバス形式の授業を展開したときの熱気なんか、思い出しても楽しくなります。フェミニズムは中の一分野に過ぎなくて、切り口は「動物行動学」から「身体」そして「性差の揺らぎ」まで。あらゆる専門領域の「男性教官」にお声をかけてご登板いただきました。階段教室の通路や廊下にまで男女の学生が座りこんで、まさに教養学部のリシャッフルという実感がありました。

学部長ご自身が「知の祝祭」としての教養の巧みなオーガナイザーだったのです。あの優雅な微笑を浮かべて「ねえ、◎◎さん、此れ此れのこと、やってみません?」と文末を軽くもちあげるように言われると、なぜか抵抗できない。「ね、学生論文集、やってみません?」「……」「ほかの編集委員たちは、あなたのお好みで指名すればよいのですよ。わたしがノーとは言わせませんから」「???」というやりとりがあって、何カ月か後にΣΥΜΠΟΣΙΟΝという論文集が誕生しました。

「複数の言葉の豊かな表情を」と題した学部長の「創刊の辞」を、独断で抜き書き風に引用します。

ありとあらゆる大学で、毎年、おびただしい数のレポートが書かれていながら、その紙面に綴られる言葉のほとんどは、採点にふさわしく「評価」されたのち、ぴたりと流通するのをやめてしまう。事実、教師の研究室にしばらく死蔵されていたり、返却された学生の手もとでほかの紙片にまぎれこんでいたりするだけで、レポートが他人の目に触れることなどまずないといってよい。

はかばかしく流通しないこと。そして流通しない自分へのいらだちをあらかじめ自粛すること。それが大学によって制度化されたレポートという名の言葉たちの不幸な宿命であるかにみえる。

勝利するのは義務ではなく、権利でなければならない。そして、大学は、言葉を前にしたこの無自覚な鈍感さから脱却しなければならない。そう自戒をこめてつぶやいた東京大学教養学部は、一九九三年四月に行われた前期課程カリキュラムの大がかりな改革を期に、七千人を超える一、二年の学生たちのレポートを、その不幸な宿命から救い出すことを模索し始めたのである。

いまこの学部で、誰が、どんな主題をめぐって、いかなることを考え、また学ぼうとしているかが、教室という密室めいた空間からもれてくるような瞬間を招致せしめたいのである。

学生と教師との間の孤独な往復運動から自由になって広く流通しはじめる言葉は、そのとき、書くことと読むこととを、義務ではなく、権利の地平へと解放することになるだろう。

まだワープロの普及していなかった時代。開講されているすべての講義やゼミについて、「担当教官」に依頼して推薦するレポートや答案のコピーを送付してもらい、編集委員会で候補を選別し、掲載される提出物の書き手全員の了解をとり、一冊の書物に編纂するまでには、火事場のような場面も何度かありました。しかし今パラパラとめくってみても、その成果には、胸のときめくものがある。のびやかな若い知性の息吹とでもいいましょうか。

この経験から、わたしは二つのことを学びました。一つは編集のノウハウ。もう一つは集団のなかで企画を立ちあげる知恵。「教官」といういかつい用語が飛びかい、「性差文化論」が世にも新鮮だった時代ですから、いささか差別的な視点から整理することをお許しいただきましょう。

チラホラとしかいない「女性教官」は原則、味方とみなす。「男性教官」は、①積極的なサポートを期待 ②消極的サポート止まり ③無関心な傍観者 ④潜在的抵抗勢力。以上四つに分類して──これはいってみれば、小説の登場人物の分析みたいもの──さあ、ゴーサインを出すか? と自問するわけです。

何年か後には、わたし自身が「ね、学生論文集とか、やってみません?」と言いはじめました。大学院のフランス語系の学生たちの研究成果を発表する雑誌「レゾナンス」は、編集者の小柳学さん、ブックデザイナーの鈴木一誌さんという贅沢な協力者を得て、2002年に創刊されました。放送大学に移ってから、ふたたびお二人の協力を得て刊行したのが「Open Forum」です。この「学生論文集」を見て、大学院受験を決めました、と願書の研究計画に書いてあったりすると、率直に報われた気持になります。

一連の企画の総仕上げとして、「レゾナンス」電子版を立ちあげました。ウェブ・デザインは、このHPを運営してくださっている大洞敦史さん。いつもありがとう!

<Résonances> 電子版:
http://langue-fr.c.u-tokyo.ac.jp/resonances/

バックナンバー表紙:
創刊号第2号第3号第4号第5号

ところでインターネットに対するわたしの感覚は、アンビヴァレントです。ウェブ空間というのは、それこそ「芸もなく生産されつづけている不幸な言葉たち」が無限に繁茂する空虚な場であって、その「おびただしさに脅える」感性をわたしたちは失ってはならないと考えます。

おそらく「書物」は、学部長の言葉を借りれば、読み手のなかった「不幸な言葉たち」を「解放」するのでしょう。その一方で、たとえば、今、わたしがこうしてインターネットに送りだそうとしている言葉たちの誠意は、宇宙空間を虚しく浮遊して消えてゆくだけではないか。そんな「おぼつかなさ」と、ミラン・クンデラ風の「羞恥心」pudeurに由来する「あられもなさ」への抵抗感。

それゆえインターネットは「複数の言葉の豊かな表情を」演出するものではありえない。とりわけ書類からインターネットへと直行する「情報公開」は、言葉たちにとって新たなる不幸の経験であるでしょう。にもかかわらず、もしあなたが、理系ではなく文系で、社会学系ではなく人文系で、ひょっとして文学を愛しているのであったりしたら、しかも「制度」に所属することを望んでいるのであれば、やはり、これは、そっぽを向けない課題なのです。

さて、結論は前向きに。ITの軽やかなパラダイム転換、文字と音声と画像の自在な運動は確かに面白い。語学教師が活用しない法はないと思うのですが、これは機会をあらためて。

最後に、じつはこれこそが、わたしが電子版「レゾナンス」を立ちあげようなどと気軽に考えてしまった直接の動機なのですけれど──出版不況にめげず、新人発掘を志す有能な編集者たちは、じつによくインターネットを見ておられる。「検索」されることを期待して、価値あるものは、ウェブ空間に送りだしておきましょう。

男と女 中心と周縁

2009年 9月 17日

女性の視点が重要だと思うのは、一般に女性のほうがマージナルな立ち位置から世界を記述することが上手であるからという理由によります――という文章は、このサイトに掲載してある『フランスの政教分離』を読んでくださった編集者の方に送った返信メールに、思わず書いてしまった文章。

学問の話だけではありません。大学の事務職でも、一般論として、そう。30代で係長や課長補佐になっている女性は、上司の見解を伝達するという顔をあまりしませんよ。つまり、自分の立ち位置をちょっとずらして、問題を抱えた教員や学生と管理組織とを半々に視野に入れ、「インターフェイス」をやろうという気構えがある。女性の職場は限られているのだから、教育とか出版とか、わたしの身の回りを見ていれば、有能な女性が結果的に多くて、平均的に「民度」(植民地用語!)が高いのは、当然なのかもしれませんけれど。

世の中、こんな(に)男ばかりでは、困るではありませんか、と思いつづけて、いつのまにか老境に達してしまった世代です――という文章も、勢いで、そのメールに書いてしまったのですが、ちなみにその編集者は、会ったこともない方で、もちろん女性。若い世代に期待しましょう。

さて、虫の居所が悪いと思われそうだから、話題を変えて:
センターかマージナルか、という主題を、本日は変奏してみます。
男は中心、女は周縁というほど、単純な話ではありません。

わたしは「耳学問」の人です。iTunesでFrance cultureの教養番組を自動的にダウンロードして、買い物や散歩のときにiPodで聞き流しているのですが、以前から気になっていたCanal Académieのインターネットラジオから、このほど、めぼしいものを大量にパソコンにとりこみました。

宗教的なフランスと「ライック」な――政教分離を徹底させた脱宗教的な共和国としての――フランスと。どちらが中心で、どちらが周縁的だと思いますか? 切り口によるでしょうね。国家にオーソライズされた大学や公的研究機関の学問は、とても「ライック」です。その一方で「文化遺産」patrimoineとしての知の集積には、カトリック的な感性に養われた伝統が、今も瑞々しく息づいている。アカデミー・フランセーズを頂点とする5 つの学士院の共同サイトをご覧下さい。
http://www.canalacademie.com/-Les-emissions-.html

「ギリシアのシャトーブリアン」(2006年4月)という番組を紹介します。二名のゲストの一方は、ジャン=ポール・クレマンという「専門家」でシャトーブリアンのオリエント旅行200周年を記念する催しの責任者。他方は、いささか挑発的な評論を出版して注目されたミシェル・ド・ジェジェールというジャーナリスト。

「旅行記」というのは不思議なジャンルです。じつはシャトーブリアンだけではない、スタンダールも、ネルヴァルも、ピエール・ロティも、ともかく19世紀の大作家たちが、「旅行記」となると、どうしてこう臆面もなくウソを書くのでしょう? 行ったこともないところに、行ったような顔をする。会ったこともない人に、会ったような顔をする。石井洋二郎さんの『異郷の誘惑』によれば、1791年にアメリカ合衆国を訪れた若きシャトーブリアンが、ジョージ・ワシントン将軍に会見したという話は、捏造なのだそうですよ。

Le menteur magnifique : Chateaubriand en Grèce ――というのが、ジェジェールの新刊書のタイトルです。「素晴らしい嘘つき」あるいは「カッコイイ法螺吹き」とでも訳しておきましょうか。シャトーブリアンのギリシア旅行について、その道筋、日程、エピソードなどを徹底的に調べて、ウソを暴いたという書物。

大御所のクレマンは、200周年記念の展示会で、ジェジェールの著作を活用したのだそうで、対談をやろうというのだから、学問的に認めていないはずはない。でも、いやしくもシャトーブリアンを語る以上、大学の先生が中心におり、ジャーナリストは周縁からの発言、という構図がチラチラと見えて、それだけでも可笑しい。先生は、とにかく本のタイトルが気に入らない、まるで我慢してゼミの発表を聴いているみたいに、高圧的なのです。ところが、そのマージナルな視線をもつジャーナリストの主張を聴いて、わたしは、なるほど! と思いましたね。

ご存じのように、シャトーブリアンは、読める書物はすべて読んでしまう人、ギリシア神話や聖書やおびただしい文献の引用が頭に充満している人物で、しかも、みずからをナポレオンになぞらえるほどの気概と野心をもっていた。自分が被造物の中心にいるという意識のもちぬしであったのです。そこで何がおきるかというと、訪れた土地(訪れるべきであった土地)を舞台に見立てて「主役=英雄」であるヒーローを演じてしまうというのです。

ある町でヴィルギリウスが熱病にかかったと知ると、その町でちゃんと熱が出る。沼地にまよいこむと、怪物ヒドラを退治するヘラクレスの気分。見たことのないスパルタの廃墟で、考古学者の陶酔に浸ってしまう。コリントスにも行ったことにして、そこで子どもたちが石を投げる場面があるのは、使徒パウロの伝道と迫害の物語を再現した記述。。。

ところで「旅行記」の著者は口を揃えて、他の本はダメだけれど、自分の作品には「本当」のことしか書いてない、と主張する。だから、話がややこしくなるのですが、いずれにせよ、ウソかマコトか、という話と、読む者を圧倒する文学の衝迫力とは別なのでしょう。

「世界の中心」にいる天才génieだけが、真実véritéを言語化できる。そんな思いこみが、ロマン主義の流れを汲む文豪にはあるようです。近代ヨーロッパの「倨傲」にはちがいないのですが、まさにそうした「文明の意識」を――ちょっとずれた位置、マージナルな視点から――捉えてみたい、それも「キリスト教文明」という切り口から。と、夢のように茫漠としたアイデアを練っております。当面は「ライックな共和国」というテーマで、基礎的な学習に勤しんでいるところ。

いずれにせよ、サイードの二番煎じみたいな告発だけでは、ダメなのです。キリスト教とイスラーム、男と女、中心と周縁、という二元論より、もうちょっと繊細で愉快な議論を立ちあげたいものです。


Café'

K.NAKATA