工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

Archive for 童話

営みとしての文学、そして多様な声たちのために

2012年 3月 15日

年齢とともにわかってくるのは文学の優しさtendresse ということ。フローベールが最晩年に書いた『純な心』とか、プルーストの長大な作品のなかでいえば、記憶の甦りや芸術への信頼を語るページなど、老齢や病魔ゆえに死を肌で感じている作家の言葉でありながら――いえ、むしろ、それゆえに、なおのこと――哀しいような温もりが伝わってきます。

それはそれとして、年齢とともに、ますますフェミニストになっているという自覚もありまして。とはいえ、わたしにできるのは歴史的な思考。現場の活動家になろうというのではありません。そもそも「国民文学」というのは「国民国家」が国境で囲われた国土のうえに均質で排他的なアイデンティティを構築していた時代の文学のステータスを前提とする用語ですから、たとえばカリブ作家は「国民文学」を創造しているのではなく、これを脱構築しているわけです。それにしてもフランスの国民作家は、ほとんどが、男性です。気にかかりません? 

すごく荒っぽい図式を立ててしまいますけれど、19世紀フランスのジェンダー構造を深く規定したのは、前回のエッセイに書いたように、まずはナポレオン民法典、そして一見次元は異なるようですが、女性へのはたらきかけを強めたカトリック教会。この話は別の機会にゆずるとして、「国民文学」の時代とは、印刷された文字と密室の読書が優先した時代であり、それ以前のフランスには「サロン」というものがあった。洗練された男女が優雅な空間に集うというだけではありません。

文芸サロンでは、語られる言葉、生きた音声としての言葉が、書かれた文字に優先し、匿名の集団が、文学の創造と受容とを、いわば不可分の営みとして実践した。しかもそこでは女性的なものが優先した――というじつに魅力的な展望を、碩学マルク・フュマロリが「フランス語の精髄」Le Génie de la langue françaiseと題した論考のなかで、該博な知識を駆使しつつ提示しています(フュマロリを読むと、文学研究の迫力をお裾分けしてもらえるようで元気になる)。17世紀において、男性にとっての教養が、ラテン語やギリシア語を使用する古典文学や哲学や神学などの学問的な知識、いわゆる「学識」éruditionへの傾きをもっていたのに対し、女性たちはフランス語に親しみながら、これを知的な営みにふさわしい言語へと「純化」することに貢献したというのです。

シャルル・ペローの『昔話』は、そうした文芸サロンから誕生した集合的な作品のひとつ。「フランス語の精髄」をおさめたマルク・フュマロリの著作『三つの文学制度』と並べて書影を掲げておきましょう。

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3冊目の書物は宮沢賢治×古川日出男のCDブック。例によって前置きが長くなりましたけれど、男だらけの19世紀フランス文学を専攻した人間が、ペローの昔話を朗読したり、長い解説を書いてみたりしているのは、人の声とペンの関係を考えつづけきたからという事情もあるということを、まずご説明したかったのです。で、ここからが本日の本論。

語られる言葉を吸収してしまう収録スタジオの無機質な孤独というものを、わたしも放送大学で経験しましたから、このCDの工夫には心底、感心しましたね。つまり「サロン」がそこにあった。人の声によって宮沢賢治の文学を(再)創造するだけでなく、これを聴く者、受容する者たちが、同時に創造的な営みに参加した――わかりやすくいえば、スタジオの密室性をこわすために、友人たちがそこに居ただけなのだけれど。読み手は宮沢賢治を身体化するほどに読みこんでいる。しかもライヴ感覚で、現場の偶発性を活かして編集された集合的な音声作品だということが、ちゃんとわかるようにできたCDブックなのです。巻末の3つのエッセイから、管啓次郎さんの文章を。

途中、古川が突然、空気を変えるためにこの短い詩を入れよう、といいだした。「報告」だ。はじめ古川がひとりで通常の声でよんだ。ついでもうひとりの古川が、マイクから離れた位置から叫ぶようによんでみた。どちらもしっくりこない。するとさらにひとりの古川が、みんなでよんでみよう、といいだした。その結果がここに収録したヴァージョンで、それはこのCDの中での虹の位置にある。虹、それは空気中の水滴と陽光が生むもの、涙と希望が一致する遠い場所だ。

ついでに「みんなでよんだ」賢治の二行詩も引用しておきますね。ご存じの方もあるでしょうけれど.

    報告

さつき火事だとさわぎましたのは虹でございました
もう一時間もつづいてりんと張つて居ります

わたしがはじめて古川さんの声を聴いたのは昨年の8月、管啓次郎・野崎歓編集『ろうそくの炎がささやく言葉』刊行記念の朗読会で、それからこのCDブック、そして3度目は3月11日、西麻布のレイニーデイのイヴェントでした。4時間の長丁場でしたけれど、満席の会場は若い人が多くて、出演者たちをしっかりサポートしてくれるという感じ。なるほどレイニーデイという場に、そして金子飛鳥さんたちの「本・つながる・未来」というプロジェクトに、着実な実績があるのだな、と感じました。プログラムは こちら

まことに贅沢な話ですが、金子飛鳥さんのヴァイオリン、中島ノブユキさんのピアノとのコラボレーション、声が前に出るというか、背中を押してもらえるというか、とにかく楽しかったです。柴田元幸さんの『猫女』( スチュアート・ダイベック)は背後からぞわぞわと仔猫の生き霊が沸いてくるみたいで、ヴァイオリンって幽霊から猫の喧嘩まで演出できちゃうのですね。という具合にひとつひとつ感想を述べると、さすがに長くなりすぎるので、今回は『銀河鉄道』に話題をかぎります。

古川さんの声は福島の声なのです。8月の「春と修羅」の朗読は、言葉が慟哭するようでありました。CDの「永訣の朝」は、ひたすらに優しく魂を鎮める歌。そして3月11日の『銀河鉄道』は朗読劇でした。古川さん自身が多様でゆたかな声をもっておられるうえに、管啓次郎さん、小島ケイタニーラブさんという3人の「チーム」が絶妙なのですね。

賢治の作品をところどころで解体し、脚本家である古川さんの言葉、詩人である管さんの言葉などを折り込んでゆく。丸い帽子をかぶって黒いコートを着たケイタニーラブさんは中央に坐っていて、車掌さん役で劇に登場もするのですが、気がつくとあらゆる音が、この繊細なセロ弾きゴーシュのような、うつむき加減の青年の小さな動作から生まれているのでした。赤いタイプライターや金の鈴などの可愛い小道具ほかに、データを入れた小さなハードディスクがテーブルのうえに置いてあり――あとでうかがったところによると、東北で収録した川の流れや汽車の音など、さまざまの効果音が、そのディスクに入っており――無数の音たちが、それこそ虹のように辺りを彩って、メルヒェンの舞台を創っていたのです。

舞台といってもカフェの一角。左右にある階段を花道に見立て、詩人と脚本家が上と下からダダっと駆け込んでくる。客席は手にとどくほど近く、不思議に親密な時空が形成されました。前日からリハーサルをやり、くり返すうちに、脚本が変わってゆくらしいのです。『銀河鉄道』は二度目、と管さんがいっておられたので、ヴァージョンアップしたのね? といいましたが、そうではない。ステップアップするのではなくて、あらたな空間で、毎回、開かれた作品として生まれ変わる。今回は飛鳥さんの声と楽器が力強くドラマを盛りあげていました。

『銀河鉄道』チームは、これから旅に出ようとしているのだとか。5月に東北に行くそうです。タイタニック号で溺れ死んだ子どもたちが天国行きの鉄道に乗ってくる話を、津波で子どもたちが死んだ土地にもってゆくことには、不安というか、胸騒ぎのようなものを覚えるかもしれません。でも、フローベールやプルーストもそうだと思うのですが、本当の文学とはそうしたもの。ぎりぎりところまで、死にゆく者たちに伴走し、永訣ののちは遺された者たちとともに、くり返し記憶のなかの甦りを祈念する。『銀河鉄道』の寓意も、そこにあるのではないでしょうか。そして活字と音声という冒頭の話題にたちもどるなら、今、ここで発される人の声は、たぶん印刷された文字よりも素早く優しく、弱き者たちに寄りそうことができると思います。

3月11日のイヴェント。小池アミイゴさんのドローイングは「一本の線」から物語をつむぎだすというワークショップでした。あのとき会場にいた友人が、カリブ海で捉えた「一本の線」と、わたしには読めない物語を添えておきましょう。

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撮影:M.Otsuji

Conversationの愉しみ―ペロー『昔話』(1)

2011年 2月 13日

おかげさまで3月6日(日)午後の朗読カフェは、ほぼ満席になったようなので、その延長上のイヴェントを。ジュンク堂のサイトをそのまま引用させていただきます。

『シェリ』『誰も知らない印象派』(共に左右社)刊行記念
娼婦対談……コレットvs.シャネル

工藤庸子(仏文学者)×山田登世子(仏文学者)

■2011年3月24日(木)19:30~ ジュンク堂書店池袋本店 4階カフェにて

自由な生き方を貫き、フランスで女性国民葬がなされた作家コレット。
女性をコルセットから開放し、ファッションで世界を席巻したシャネル。
二人は、娼婦というキーワードで緊密につながる!すべての始まりは、印象派に隠されている!
コレットとシャネル、そして工藤庸子さんと山田登世子さんの対決。フランス文学者2人の白熱&スリリングなトークイベントです。
http://www.junkudo.co.jp/tenpo/evtalk.html

山田登世子さんとは、長いお付き合い、というべきか、本を贈ったり贈られたりで、いつも励まされている友人なのですが、じつは直接お目にかかったのは、ごく最近のこと。何か一緒にやりましょう、ということで、左右社の小柳さんが企画を立ててくださいました。

わたしたちふたりとも、娼婦に並々ならぬ関心をいだいております。なにしろ山田さんの『誰も知らない印象派』の副題は「娼婦の美術史」です。陽光あふれる水辺の風景、そこにくつろぐ健康そうな若者たち。テーマはお馴染みのものですが、描かれた男女の素性を、小説や風俗史のゆたかな知識を駆使して鮮やかに解き明かしてくれる書物。たしかに世紀末フランスのジェンダーは、潜在的な娼婦とみなされた庶民の娘たちをぬきにしては語れません。

お針子のようなシロウトの娘から王侯貴族も翻弄するほどの「ココット=高級娼婦」まで。ひとくちに「娼婦」といっても内実は複雑なのですが、とにかくシャネルもコレットも、ニアミスぐらいの感じで、粋筋の女たちの世界をかすめているのです。コレットはココットの目線で顧客としての男を描くという、とんでもない違反行為を犯しながら、品格のある文学を創造し、フランス文化の華やぎを体現する女性作家として世界に認知されました。

男に囲われる女になるという選択について、シャネルやコレットはどう考えていたの? 厳しく孤独な自立の道を彼女たちにえらばせたのは、いったい何? コレットの場合、文学への真摯な愛などという「綺麗事」ではなかったと思う。シャネルの強固な意志は、どこから来たの? 生い立ちの秘密? 怨念をエネルギーにして、ひとりの女が傑出した人生を生きぬくってこと、ありますか? ───そんなことを、自由に、愉しみながら、語り合いたいと思っています。

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Conversationとはスポーツのようなもの、といったのは碩学マルク・フュマロリです。ルールと形式美と批評精神をともなう言葉の競技───そうした意味での模範的な「会話」は、17世紀のパリ、教養ある貴婦人たちの文芸サロンにおいて開花した。そもそも「会話」というものが、スタール夫人にいわせれば、フランス国民のお家芸だそうですが、その黄金時代において女性の果たした役割は計り知れないとのこと。わたしの乱暴な歴史見取り図によれば、19世紀のブルジョワ社会は、人妻となった貞淑な女性たちから自立の精神とみずからを語る言葉をうばってしまった。それをくつがえしたのが、まずはジョルジュ・サンド、そしてシャネルであり、コレット。

話は17世紀、シャルル・ペローの時代にもどります。ラ・ロシュフコー、ラ・ファイエット夫人、ラ・フォンテーヌなどの作品は、いずれも文芸サロンの社交空間で誕生したものであり、フュマロリの解説によれば、そこでは創作と受容が同時に進行したのです。作品はまず朗読されなければならず、これを鑑賞し裁定するのは、そこにいる「パロール(語られる言葉)の美食家」たちでした。

いっぽうでロラン・バルトのいう「テクストの快楽」は、個室の読書人が書かれた文字にむきあって、これを黙読するという状況を想定しているのでしょうね。プルーストも、最終的には黙読の人。『失われた時を求めて』の語り手は、17世紀風の「会話」のユートピアにあこがれてヴェルデュラン夫人やゲルマント公爵夫人のサロンに出入りする。これが幻滅の経験となったことはいうまでもありません。

さて太陽王ルイ14世の時代、パリの文芸サロンで『赤頭巾』が読まれるところを思い描いてみましょう。ペロー版の結末は、思いのほか知られていないのですが───当時の「昔話」「民話」「妖精物語」などによくあるスタイルで───物語のあとに韻文の「教訓」がつづき、こんなふうに落着します。

赤頭巾ちゃんがかんぬきをぬくと扉があきました。狼は、赤頭巾ちゃんが入ってくるのを見ると、寝床の毛布の下にかくれていいました。
「そのパン入れの箱のうえに、ガレットと小さなバター壺をおいてから、こちらにきて一緒にお休み」
赤頭巾ちゃんは服をぬぐと、寝床に入ろうとしましたが、寝間着を着たお祖母さんの姿を見て、びっくりしました。そしてこういいました。
「お祖母ちゃん、なんて大きな腕をしているの!」
「それはねえ、おまえをもっとしっかり抱けるようにさ」
「お祖母ちゃん、なんて大きな脚をしているの!」
「それはねえ、おまえ、もっと速く走れるようにさ」
「お祖母ちゃん、なんて大きな耳をしているの!」
「それはねえ、おまえ、もっとよく聞こえるようにさ」
「お祖母ちゃん、なんて大きな目をしているの!」
「それはねえ、おまえ、もっとよく見えるようにさ」
「お祖母ちゃん、なんて大きな歯をしているの!」
「それはねえ、おまえを食べるためさ」
そういいながら、この悪い狼は赤頭巾ちゃんにとびかかり、食べてしまいました。

教訓
おわかりでしょう、小さな子どもたち
わけても若い娘さんたちよ
美しく、見目麗しく、可愛らしげな娘さんたちが
相手かまわず耳を貸すのは大まちがい
狼に食べられてしまう娘さんが、たんといるのも
そりゃ不思議でもなんでもないのです
ひとくちに狼といったって、狼にも
いろいろあるのだから
愛想がよくって、おとなしげ、意地わるでもなければ、怒りっぽくもない
人なつっこく、ちやほやしてくれて、もの柔らかで
うら若いお嬢さまたちの後をつけ
家の中まで、ベッドの脇までついてくる
さあ、これぞ一大事! どなたもご存じのはず、こんな見るからに優しげな狼こそが
あらゆる狼のなかで、いちばん危ないということを

なぜか赤頭巾が服をぬいだりして、しかも狼に食べられっぱなし。それだけでも、じゅうぶんに衝撃的かもしれませんけれど、つづく「教訓」では、森に出没する危険な獣が、いつのまにか「危ない男」にすりかわり、村の少女は「うら若いお嬢さまたち」jeunes demoisellesに変身してしまう。

民話研究者は、ペローの『昔話』が収集した原話をゆがめているとか、「教訓」は余計であるとか批判することが多いのですけれど、ペローはじっさい貴婦人たちの好みに合わせて「語り換え」をやっているのですから、そんなことは当たり前。文学作品が生まれる現場に思いを馳せながら、「教訓」のトーンや語彙の選択についても考えてみたいというのが、翻訳のねらいです。

やはり圧巻は、狼の本性をかくして紳士的なふりをした男が「ベッドの脇」ruelleまでつけてくる、というところでしょうね。手元にある複数の原典のなかに、こんな注をつけているものがありました───ruelleとは寝室の壁とベッドのあいだにある空間。17世紀においては、上流社会の女性は、ここに訪問者を招じ入れた。つまり、ご婦人が接客する「閨房」というわけ。「ベッドの脇」と控えめに訳しておけば「狼おじさま」が女性の寝室にまで忍びこむ、というイメージでおさまりますが……。

ペローと同時代のFuretière によるフランス語辞典でA4版の大きさのruelleの図版を見つけ、社交空間としての「閨房」のなんたるかがわかりました! 寝室というよりは宮殿の広間、その中心に台座に乗せた天蓋付きの寝台があり、しどけない服装で横たわる女主人と、頭髪を高く結い上げたご婦人ふたりが、なにやら熱心に語り合っている。背後の窓際にも対話する人影が。もっともこれは、スキュデリー嬢の長編小説の挿絵ですから、理想化されていることはたしか。辞書の文例から察するに、貴婦人の親密なスペースであるruelleにかよいつめるのは「粋な紳士」であることの証し。詩人も自作を披露するために参上するらしい。つまり文芸サロンの選りすぐりのメンバーだけが、館の女主人のruelleに出入りできるのですね。

あらためて『赤頭巾』にもどると、狼がruellesに忍びこむのは、もちろん前の行のdemoisellesと韻を踏むためでもあるのです。でも、やっぱり、物語の時空が、今、ここのruelleに合流し、素敵に危ない紳士たちと貴婦人たちとのConversationの愉しみが、幻のように浮上して幕……という仕掛けもあったのじゃないかなあ。

ちなみにフュマロリによれば、スキュデリー嬢や、さらに大物だったランブイエ侯爵夫人などの文芸サロンに受けいれられるのは、ルイ13世、14世時代の宮廷に参内を許されるよりもっと大変な「難関」だったのだそうです。

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