工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

「手を変え品を変え」

2007年 4月 1日

放送大学のサーバに個人用のウェブサイトを立ち上げました。教員としての仕草であることはいうまでもありません。が、それだけでなく人文学の領域で活動をしてきた者、とりわけ文学を深く愛する者として語ってゆきたいと思います。

のっけからこの文体ですから、もうおわかりでしょうけれど、わたしの場合コンピュータ・リテラシーは落第生、「ブロガー」の資質も皆無。わたしはパソコンの奴隷なの? 独り静かに本を読みたいのに……、と日頃なげいておりながら、なにゆえまたもや決然とパソコンにむかうのか。本日のトピックは、ひとつの思い出話です。

豊崎光一という名は一定以上の年齢の人か、若者であれば、かなりの通でないと知らないかもしれません。ロートレアモン、デリダ、ブランショ、フーコー、ピエール・クロソフスキーなどをめぐり、先鋭な研究を展開しておられましたが、50代半ばで亡くなられて、考えてみれば、もうじき20年になるのですね。白皙の美青年であったそうです。はじめてお目にかかったときは、もう40代になっていたはずですが、深いグリーンのビロードのジャケットがお似合いになっていた。透徹した知性に見合って立ち姿まで端麗な方でした。

その豊崎先生が、地方のフランス文学会でわたしが友人とお茶を飲んでいたときに、たまたま通りがかって同席してくださいました。そして、話のはずみで「手を変え品を変え」という表現が出てきたのです。自分が本当に大切だと思っているもの、フロベールでも、シャトーブリアンでもいい、別のことでもいい、ともかくこれこそは、と思うものがあったら「手を変え品を変え」、世の中に送りだしてゆかなくてはいけない、論文でも、翻訳でも、セミナーでも、ちょっと俗っぽいエッセイでも、ともかくやってみなければ、と、ふだんは寡黙な豊崎先生が熱っぽく語られた。売れっ子路線に厳しく背を向けた学会の貴公子のお話でしたから、わたしはきっと、ボーッとのぼせて見とれていたのでしょうね。これが今日はじめて文字にした四半世紀前の貴重な思い出というわけです。

以来、フランス語の履修者が減っても、文学の仕事に空恐ろしいほど反響がなくっても、これはいいぞと思った学内の企画がつぶれても、「手を変え品を変え」と自分に言い聞かせるようにしています。ウェブサイトは、まさに「手を変え品を変え」の新路線であること、ご理解いただけましたでしょうか。

次回は題して「教材制作裏話」――「世界の名作を読む」の学習サポートHPによりそって、なぜ『ドン・キホーテ』の講義にうら若い女性講談師が登場するのか、ご説明いたします。

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