工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

読書エッセイ:ジャン・ボベロ『フランスにおける脱宗教性(ライシテ)の歴史』

2009年 7月 6日
j.boberot_quesaisje? 三浦信孝/伊達聖伸訳、
白水社「文庫クセジュ」2009年5月

ついに、というべきか、ようやく、というべきか、第一線のライシテ研究者の著作が紹介された。フランスは、第二次世界大戦終了とともに誕生した第四共和政の憲法で、「社会的ライシテ」に基づく国家であることを宣言し、公教育は「ライック」であるべきことを謳っている。昨今も、公立学校におけるムスリム女子生徒のスカーフ着用から「政教分離法」百周年まで、関連の話題がメディアを賑わし、国民的な議論を呼び、圧倒されるほどの学問的成果を生んでいる。「ライシテ」を知らずして「共和国」を理解できるか! と啖呵を切ってみたくもなるのである。

1941年生まれの著者ジャン・ボベロ氏は、フランス国立高等研究院EPHEで「ライシテの歴史と社会学」の講座を1991年に立ち上げて教授を務め、同研究院の院長などのアカデミック・キャリアを積んだのち、現在も国内および国際的な研究交流、宗教・文化政策にかかわる諮問委員、社会的な発言、ひんぱんに更新されるブログなど、八面六臂の活動をつづけるかたわら、毎年のように新著を上梓しておられる。

昨年の秋に来日されたとき、しばしご一緒する機会をもったが、表参道の街を歩きながら、ありとあらゆることを話題にし、骨董通りでは念願のコスプレ少女を見かけていたく満足し、レストランでは大盛りのアルザス料理をまえに健啖家ぶりを発揮された。これがポジティヴな知性、プロテスタントの感性というものであろうか、と――勝手なつぶやきにはちがいないけれど――大いに納得したのである。そのときの印象が、入手したばかりの書籍『インターカルチュラルなライシテ―ケベックこそフランスの未来?』Une laïcité interculturelle : Le Québec, avenir de la France? の威勢のよい文体とシンクロナイズした。これを一気に読みあげたせいで、わたしはケベックという新しいテーマ、そしてフィールドへの眼差しという社会学的な手法に目覚めてしまった。

さて本題だが、「クセジュ文庫」におさめられた『フランスにおける脱宗教性(ライシテ)の歴史』は――そうした個性がにじみでるというよりはむしろ――碩学の気迫がこもる基本書である。記述は凝縮されており、初心者が流し読みするのには、やや密度が高すぎると思われるかもしれないが、幸い親切な訳注がたっぷりとついている。じっくり読むべき入門書、一字一句が信頼に値する参考文献と定義しておこう。

「政教分離」séparationとも「世俗化」sécularisationとも異なる「ライシテ」laïcitéとは何か? 語彙の現代的な意味が定着したのは、第三共和政になってからだが、事の起源はフランス大革命にある。すなわち「人権宣言」に「良心の自由」が掲げられたときから、個人が信仰を実践する権利を保障するための枠組みを、国家がいかに提供するかが問われてきたのだった。

ジャン・ボベロは、その経緯を三つの段階に分けて分析するのだが、山場は1905年のいわゆる「政教分離法」にある。見取り図そのものは、Amazonで検索すれば500件以上ヒットするライシテ関連の出版物の大方に共通するものだろう。19世紀が、「フランス革命」をひきつぐ近代化路線と「カトリック教会の長女」への復帰という対立する選択肢のあいだで揺らいでいたのに対し、20世紀の幕開けと同時に、いわゆる「二つのフランス」の力関係に結着がついたという見方である。

歴史家ボベロの展望として特徴的なのは、「政教分離法」の準備段階でイデオロギー闘争が頂点に達したとき、アリスティッド・ブリアン他の法案起草者たちは、アングロ=サクソンの例を参照しながら、(宗教施設の財産を譲り受けることになる)「信徒会」の条件を検討したという事実に、ハイライトが当てられていることだろう。いわく――「ライシテをフランスで確立することができたのは、外国からの借用のおかげなのだ。共和国モデルを修正するアングロ=サクソン政治文化の要素が持ちこまれているのである」

コンパクトな著作ではあるが、1905年法が適用されてゆく過程こそが「ライシテの確立」に当たる、という後半の論述に紙面がさかれ、歴史の流れと具体的な政策転換が丹念に説明されていることも指摘しておこう。この1世紀、いくたびも論争が再燃し、とりわけ公立・私立の学校制度に関する新しい法律が導入されて、今日なお、イスラム教徒に対していかに「良心の自由」を保障するかという課題をかかえたまま「開かれたライシテ」が模索されている。

ところで1905年法を憲法に準じる特別な立法とみなし、そのテクストが字義通りに実施されることを求める「ライシテ原理主義」というものが存在する。メディアは単純な構図を好むから、スカーフ論争のときにも、そうした強硬派の声はひときわ大きく響いたのだった。これに対して、ジャン・ボベロの著作は、「ライシテ」が明文化された理想ではないこと、それは1世紀にわたり蓄積された法解釈に基づき、現場の変化への柔軟な対応のなかで運用されるべき「原則」であることを示唆しているのである。

スカーフ論争の時期のあるインタビューで、ボベロは、あなたはルネ・レモンと同じくクリスチャンであろう、と問われ、同じ宗派ではないが、と答えたうえで、さらに自分はプロテスタントとして発言しているのではない、あくまでもライシテ研究者としてふるまっている、と念を押している。

それはそれとして、同じ「クセジュ文庫」のために『世界のなかのライシテ』Les Laïcités dans le monde を執筆し、「世界ライシテ宣言」を起草してその署名運動まで行ったジャン・ボベロに、宗教社会学者として独特の姿勢と視野の広がりがあることはまちがいない。プロテスタントを研究対象とする著作から出発したボベロは、「ライシテ」の分析が共和制を理解する大前提であることを認めつつ、一方では、フランス共和国の内部に議論を閉じこめてはならないと考えており、その決意と旺盛な知的関心が、多様な活動の原動力にもなっていると思われるのだ。

教皇庁を頂点として聖職者がピラミッド型に組織され、教義の細部までが統一的に管理されたカトリック教会と、いってみれば群雄割拠のように新旧の大陸に展開されてきたプロテスタント系の諸教会との、本質的な相違のようなものが、おそらくはボベロの思考の基礎に組みこまれているのではないか。そうした特質は論述の細部にも見てとれるし、グローバル化の時代の欧州連合までを射程に入れた、この小振りな書物のスケールの大きさにもつながっている。

現代フランスの思想と政治文化に通暁した三浦信孝さんと、ジャン・ボベロのもとで博士論文を提出した若手研究者、伊達聖伸さんとのコラボレーションによる、この貴重な書物の出版を、心から嬉しく思う。と同時に、これはライシテ関連の翻訳書「第1号」であることを強調し、考えてみれば、むしろ遅まきのスタートであろう、といいそえておきたい。

このところ、大学の人文科学の分野では、宗教をめぐる学際的な研究テーマがCOEや科学研究費を基盤に着実な成果を挙げており、シンポジウムなども盛況であると聞く。しかしキャンパスを一歩でたとき、一般の読者の関心はどこに向けられているか。キリスト教世界にも、日本にも、宗教の問題はもはやない、イスラムの主張に耳を傾ければよい、といった短絡的な了解が、出版の世界にも流通しているのではないか。

さてわたし自身は、いかにも遅まきながら、すでに名を挙げたルネ・レモンの翻訳を、当面の課題と考えている。カトリック信仰をもつことを表明した歴史家は、対カトリック戦略として当初に構造化された「ライシテ」を、いかなる視点から捉えているのだろうか。これもまた、議論を共和国原理の外部へと開いてゆくための、そして宗教と社会の関係をマクロな文脈に位置づけるための、ひとつの道筋になろうかと思っているのである。

白鳥

K.NAKATA

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