工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

情報公開

2009年 10月 24日

なんとも色気のないタイトルですね。でも大学という空間に「市場原理」と同じぐらい暴力的な力学となって、「情報公開」の圧力が押しよせていることは事実。制度も個人もおかまいなし。専任教員になれば、逃げるわけにはゆきません。ここは「研究」に話をかぎるとして、毎年、著書・論文などの業績、学会での活動、外部研究費の受け入れ、等々の実績報告をするのです。これは自動的にウェブに公開される情報でありまして、宇宙ゴミのようにインターネットに放たれたデータは、ゴミのように消えてくれるならまだしも、しかるべき検索をかければ、やはり一瞬にして発見されてしまいます。

「検索」にかからぬものは「評価」されることがない。これも恐ろしい状況です。IT的な適応性の欠けている分野──理系に比べれば文系、文系のなかでは社会学系より人文系、人文系のなかではとりわけ文学──は、旗色が悪い。というか、旗を揚げていることさえ、見えなくなっている。専任職をもつ者は、否応なく存在の証しを求められますが、制度に強制されない人たちは、ますます影が薄くなってゆく。というわけで、放送大学で身につけたIT教材のスキルを応用した成果を、本日はご紹介したいのですが、まずは教養の香りと無縁ではない昔話から。

東京大学前期課程のカリキュラム改革は、ある種の「祝祭ムード」のうちに実施されました。なにしろ一高時代の伝統を引きついだ謹厳な「一般教養」の枠組みを、一挙に解体させたのですのですから。理系と文系の学生が同じ教室で学ぶことのできる授業科目さえ、それまではなかった。それほど学問の構造が「縦割り」方式だったのです。

英独仏、外国語の「女性教官」3名が「性差文化論」というテーマ講義を立ちあげて、今なら「ジェンダースタディーズ」と呼ぶであろうオムニバス形式の授業を展開したときの熱気なんか、思い出しても楽しくなります。フェミニズムは中の一分野に過ぎなくて、切り口は「動物行動学」から「身体」そして「性差の揺らぎ」まで。あらゆる専門領域の「男性教官」にお声をかけてご登板いただきました。階段教室の通路や廊下にまで男女の学生が座りこんで、まさに教養学部のリシャッフルという実感がありました。

学部長ご自身が「知の祝祭」としての教養の巧みなオーガナイザーだったのです。あの優雅な微笑を浮かべて「ねえ、◎◎さん、此れ此れのこと、やってみません?」と文末を軽くもちあげるように言われると、なぜか抵抗できない。「ね、学生論文集、やってみません?」「……」「ほかの編集委員たちは、あなたのお好みで指名すればよいのですよ。わたしがノーとは言わせませんから」「???」というやりとりがあって、何カ月か後にΣΥΜΠΟΣΙΟΝという論文集が誕生しました。

「複数の言葉の豊かな表情を」と題した学部長の「創刊の辞」を、独断で抜き書き風に引用します。

ありとあらゆる大学で、毎年、おびただしい数のレポートが書かれていながら、その紙面に綴られる言葉のほとんどは、採点にふさわしく「評価」されたのち、ぴたりと流通するのをやめてしまう。事実、教師の研究室にしばらく死蔵されていたり、返却された学生の手もとでほかの紙片にまぎれこんでいたりするだけで、レポートが他人の目に触れることなどまずないといってよい。

はかばかしく流通しないこと。そして流通しない自分へのいらだちをあらかじめ自粛すること。それが大学によって制度化されたレポートという名の言葉たちの不幸な宿命であるかにみえる。

勝利するのは義務ではなく、権利でなければならない。そして、大学は、言葉を前にしたこの無自覚な鈍感さから脱却しなければならない。そう自戒をこめてつぶやいた東京大学教養学部は、一九九三年四月に行われた前期課程カリキュラムの大がかりな改革を期に、七千人を超える一、二年の学生たちのレポートを、その不幸な宿命から救い出すことを模索し始めたのである。

いまこの学部で、誰が、どんな主題をめぐって、いかなることを考え、また学ぼうとしているかが、教室という密室めいた空間からもれてくるような瞬間を招致せしめたいのである。

学生と教師との間の孤独な往復運動から自由になって広く流通しはじめる言葉は、そのとき、書くことと読むこととを、義務ではなく、権利の地平へと解放することになるだろう。

まだワープロの普及していなかった時代。開講されているすべての講義やゼミについて、「担当教官」に依頼して推薦するレポートや答案のコピーを送付してもらい、編集委員会で候補を選別し、掲載される提出物の書き手全員の了解をとり、一冊の書物に編纂するまでには、火事場のような場面も何度かありました。しかし今パラパラとめくってみても、その成果には、胸のときめくものがある。のびやかな若い知性の息吹とでもいいましょうか。

この経験から、わたしは二つのことを学びました。一つは編集のノウハウ。もう一つは集団のなかで企画を立ちあげる知恵。「教官」といういかつい用語が飛びかい、「性差文化論」が世にも新鮮だった時代ですから、いささか差別的な視点から整理することをお許しいただきましょう。

チラホラとしかいない「女性教官」は原則、味方とみなす。「男性教官」は、①積極的なサポートを期待 ②消極的サポート止まり ③無関心な傍観者 ④潜在的抵抗勢力。以上四つに分類して──これはいってみれば、小説の登場人物の分析みたいもの──さあ、ゴーサインを出すか? と自問するわけです。

何年か後には、わたし自身が「ね、学生論文集とか、やってみません?」と言いはじめました。大学院のフランス語系の学生たちの研究成果を発表する雑誌「レゾナンス」は、編集者の小柳学さん、ブックデザイナーの鈴木一誌さんという贅沢な協力者を得て、2002年に創刊されました。放送大学に移ってから、ふたたびお二人の協力を得て刊行したのが「Open Forum」です。この「学生論文集」を見て、大学院受験を決めました、と願書の研究計画に書いてあったりすると、率直に報われた気持になります。

一連の企画の総仕上げとして、「レゾナンス」電子版を立ちあげました。ウェブ・デザインは、このHPを運営してくださっている大洞敦史さん。いつもありがとう!

<Résonances> 電子版:
http://langue-fr.c.u-tokyo.ac.jp/resonances/

バックナンバー表紙:
創刊号第2号第3号第4号第5号

ところでインターネットに対するわたしの感覚は、アンビヴァレントです。ウェブ空間というのは、それこそ「芸もなく生産されつづけている不幸な言葉たち」が無限に繁茂する空虚な場であって、その「おびただしさに脅える」感性をわたしたちは失ってはならないと考えます。

おそらく「書物」は、学部長の言葉を借りれば、読み手のなかった「不幸な言葉たち」を「解放」するのでしょう。その一方で、たとえば、今、わたしがこうしてインターネットに送りだそうとしている言葉たちの誠意は、宇宙空間を虚しく浮遊して消えてゆくだけではないか。そんな「おぼつかなさ」と、ミラン・クンデラ風の「羞恥心」pudeurに由来する「あられもなさ」への抵抗感。

それゆえインターネットは「複数の言葉の豊かな表情を」演出するものではありえない。とりわけ書類からインターネットへと直行する「情報公開」は、言葉たちにとって新たなる不幸の経験であるでしょう。にもかかわらず、もしあなたが、理系ではなく文系で、社会学系ではなく人文系で、ひょっとして文学を愛しているのであったりしたら、しかも「制度」に所属することを望んでいるのであれば、やはり、これは、そっぽを向けない課題なのです。

さて、結論は前向きに。ITの軽やかなパラダイム転換、文字と音声と画像の自在な運動は確かに面白い。語学教師が活用しない法はないと思うのですが、これは機会をあらためて。

最後に、じつはこれこそが、わたしが電子版「レゾナンス」を立ちあげようなどと気軽に考えてしまった直接の動機なのですけれど──出版不況にめげず、新人発掘を志す有能な編集者たちは、じつによくインターネットを見ておられる。「検索」されることを期待して、価値あるものは、ウェブ空間に送りだしておきましょう。

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