工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

声と教育

2010年 4月 18日

「あなたは本当に好きなんだねえ」と友人にいわれたことが何度かあります。好きっていうのは、教育の現場のこと。人間一般が好きか、といえば、わたしの本性は引きこもり。人前に出るのも苦手だし、とりわけ「飲み会」のような賑やかなあつまりは、年齢のおかげで遠慮をしなくてすむようになってからは、きちんとご遠慮するようになりました。

たとえていえば、美味しい食材をまえにした感覚でしょうか。若いころに習熟していた技術から比喩を借りれば、美しい毛糸を目にして、できあがりのニットを思い浮かべる感じ。今年も何人かの学生さんたちと大学院や学部のゼミで出会うことになりますが、それぞれの研究計画を読みながら、こんな調理法はどうかしら、こんなデザインにならないだろうか、などと考えていると、わたしむきの仕事だなあ、とあらためて思います。

もっとも好きだからうまくゆくという保障はまったくありませんし、教員と学生との交流は、大学という制度の拘束や権力構造によって、思いがけぬ逆風にさらされることもある。教育の現場に固有の、かけがえのない価値があるとしたら、それは学ぼうとする者どうしが出会う機会を提供するから。ただそれだけでしょうね。そして、さまざまのことを学ぶ意欲という点では、わたしはまだ、衰えていない……。

大学にかぎらず、市民的な活動も、この10年ほどで、見違えるほど盛んになりました。地域、対象、テーマ、メソッド……さまざまの個性や基盤をもつ自主的な教育活動が展開されているようです。教育と銘打ってはいないけれど、贅沢な啓蒙活動だなあ、と思った一例を。もっとも、これは幕引きの報告なのですけれど。

作家の古井由吉が新宿のバーで10年来つづけてきた朗読会が、お開きになったという記事、ご覧になった方もあるでしょう(「朝日新聞」4月3日夕刊)。文学は追い詰められている、何かやってみなければ、という後輩の作家たちにうながされて、自作を人前で読むようになったとか。朗読会のおかげで文章が変わった、文学とは声なんだ、という作家の述懐が、記事の締めくくりになっています。

世田谷学習センターの公開ゼミというかたちで、わたしがやってみたいと思っていることも、ちょっと似ているような気がします。文学に特定はしませんが、書物を書いている人に、声で語ってもらおうという企画。今年は「多文化の共生」というテーマで、管啓次郎さんと秋にトークセッションをやる、という話は、すでに3月20日のエッセイで予告しました。せっかく大学なのだから、聴衆も学んでおきましょう、というのが、ゼミの意図。

豪華メンバーがならんだ国際シンポジウムなども、往々にしてそうなのですが、会場にいるのは、その場かぎりの消費者で、じつはパネラーたちも、となりに座った研究者の著作など、手に取ったこともない、といった寂しい風景は、めずらしいことではありません。それだったら、家で静かに本を読んでいたほうがいい。教室があり、声で語りかけてくれる人がいるのだから、聴く耳を育てたいと思うのです。

というわけで、次回、5月22日に予定された公開ゼミでは、管啓次郎さんの『斜線の旅』を読んでみます。とりあえずの朗読者は、わたし、ということで。

花屋
K.NAKATA

5月1日(土)午後 公開ゼミを開催します

13h30~15h フランス語教室
いろいろなレヴェルの学生さんに開かれた教室。参加者が、フランス語の魅力にふれた、新しいことを学んだ、さあ自分で勉強してみよう、という気持になってくれれば、と思います。でも、どうしたらよい? とりあえず、みなで発音してみましょう。言葉は声なのです! 
放送大学の教材「フランス語入門Ⅰ」「フランス語入門Ⅱ」についての質問コーナーも設けますが、参加者に守っていただきたいのは、話題を独占しないというルール。教室の雰囲気を見ながら、ごいっしょに工夫してゆきましょう。
参加資格:原則として放送大学の学生であること。放送授業「フランス語入門Ⅰ」面接授業「初歩のフランス語」「初めてのフランス語」等を履修し、発音の原則と文法の初歩に親しんでいること。登録の必要はありません。当日、気が向いたら世田谷学習センターにおこしください。
教材:聴かせたい朗読CDがある短いテクストを、その場で配布します。今回は、La Fontaine, La cigale et la fourmi
予習をしたい方は、Webにアクセスしてください。動画をふくめ、山ほど素材が出てきます。

15h20~16h20 生涯学習、研究計画、論文執筆などに関する公開ゼミ
参加者は、自己紹介をして、自分の関心や学び方の工夫、生涯学習に関する自主的な活動などについて、自由に発言する。プレゼンテーションの機会がほしいという学生さんたちの要望に応えることも目的です。形式にはこだわりませんが、これもルールは全体への目配り。発言は1人5分以内に。とりあえず出席はするけれど、黙って聴いている「オブザーバー方式」もあり、としましょう。

16h30~17h30 オフィス・アワー
研究室で、個人指導や小人数の打合せをします。予約のある人を優先。

次回:5月下旬 公開ゼミ「異文化の共存」を予定しています。

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