工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

コレット三昧(2)

2010年 9月 7日

まずは放送大学の活動のご報告から。10月5日(火)、東京世田谷学習センター主催の研修旅行(横浜山手)は、おかげさまで、ほぼ満席になりました。つまり今回は宣伝ではなくて、前倒しのガイダンス。なにしろ猛暑のなか、わざわざ下見に行ってきたのですから、ちょっとは自慢しなければ……。横浜開港資料館は、午前中に見学する世田谷美術館とはまったくタイプの異なる文化施設。港町の風景にとけこんだ歴史的建造物、学芸員の方々の研究成果である企画展(PDF)と常設展、そして一般の市民に開放された閲覧室。これら三つのスポットを、自分の目でたしかめていただきたいのです。

とりわけ整理されたアーカイブが開架式で手に取れる「閲覧室」は、しっかり見てほしいですね。日本で初めて発行された日刊紙「横浜毎日新聞」の創刊号とか。何種類もある英字新聞とか。外国人の書いた見聞記や旅行記など「文明開化」の関連図書も書棚にずらりと並んでいます。本当の資料調査というのは、紙くずの山で宝探しをするような徒労感を伴うものだそうですが、こうした既成のアーカイブを活用すれば、資料を分析して論述するという研究の手法を、すぐにでも学ぶことができる。こういうものを見ると、思わず教師根性がうずいちゃうのですが、放送大学の学生さんに、お勧めの文化施設です。

自由行動は山手の丘へ。企画展で外人墓地の資料を見て、現場に足をはこぶ。そして観光とはちがう知的な散策を楽しんでいただきましょう。そうそう、地下鉄みなとみらい線の終点、元町中華街に「アメリカ山」にあがるエレベーターとエスカレーターが最近、設置されたのです。がらんどうのビルのてっぺんから表に出ると、えーっという感じにさわやかな視界が開け、そこから外人墓地は一息です。

もっとも山手の丘と元町のあいだは、それこそ歴史の時間が堆積する土地ですから、ほんとうは乗り物にたよらず、小さな記念碑などを見つけながら、ゆっくり歩いてほしい。それに───これは「研修」のガイドではありませんけど───ショッピングだって、元町の目抜き通りは知られたブランドのお店が多い。裏通りのこぢんまりしたブティックをのぞいて歩いたほうがずっとお洒落ですよ。

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さて、本題のコレットです。10月初め刊行予定の『シェリ』を入稿したところ。とてもかろやかで美しい装幀になるはず。次回のお披露目のときに、音読を想定した翻訳とか、文学講義とか、いささか欲張りな書物の構想についてお話します。

本日は映画『わたしの可愛い人―シェリ』(http://www.cetera.co.jp/cheri/)の宣伝です。東急文化村、10月公開。まずミシェル・ファイファーのレアはわるくありません。五十路を目前にした女性が、色気も容貌もしっかりたもち聡明に生きる、という設定です。十数年まえに岩波文庫の『シェリ』を出したときから考えていたのですが、日本でやるなら、当時の吉行和子。

息子ほど歳のちがう美青年役のルパート・フレンドは、もちろん合格なのですけどね。で、日本でやるなら? 藤原竜也かな、とコレットを知りつくした友人がいっていました。わたしは、なんだかちがう。だれでも理想の「シェリ」のイメージをもっているものでしょう。

映画にしてしまうと男と女が同じ平面にならんでしまうので、小説の場合ほど明確にわからないけれど、これは女が自分の幸福を追い求め、自分の人生に決着をつける物語。しかもヒロインは「ココット」つまり「高級娼婦」なのですよ。男性相手の「遊び女」がヒロインの小説といえば、たとえば『椿姫』ですが、こちらは男の目線で健気(けなげ)な女をうたぐったり、捨てたりする話でしょう?『シェリ』の場合、コレットは続編を書く、そして居場所のなくなった美青年の自死によって、レアの世界の幕引とします。

だから映画のラストで『シェリの最後』の結末をナレーションで伝えるという選択は、これもいいだろうという気がしています。クリストファー・ハンプトン監督によれば、そうしないと、レアは寂しく老境に入り、シェリは若い妻のもとに颯爽ともどってゆく、という妙な読解をまねいてしまう、じっさいレアはそんなひ弱な女ではない、というわけです。

息子ほど年齢のちがう美青年を愛でる───そう、「韓流」という言葉が誕生したときに、これって、一世紀おくれのコレットじゃない?と思ったものでした。いや、自分を律するという意味では、レアのほうが現代日本の五十代の女性より先駆的かもしれません。愛する以上は、相手に愛されて不思議はないと世間に思わせる女でありつづけること。これが「ココット」としてのレアの心意気でした。こんな具合に、娼婦を気っ風のいい女に仕立てることは、男の作家にはできませんよ。デュマ・フィスの『椿姫』なんて、男の甘えや身勝手や被害者意識が丸見えではないですか。それでも名作は名作なのですが。

けっして犠牲者にはならない女───ミシェル・ファイファーは、そうしたヒロインにみごとになりきった、というところで納得。キャシー・ベイツはシェリの母親。意地がわるくて食わせ者、だけど目がはなせない女、これも、はまり役でした。あとは、アール・ヌーヴォーのベッドや室内装飾や建築、ゴージャスな海辺のホテル、洗練された衣装、陽光を浴びる美しい自然、などなど、目の贅沢を楽しんでください。

ところで、もちろん例外の方々もたくさんいるわけですが、それにしても日本の男性は、フランス19世紀のロマン派みたいに処女幻想から抜けきれぬ中高年の方々か、あるいはいきなり草食系の若者たちか、全体が二分されているような感じがしません? 成熟した女の魅力がわかる男は成熟した男とみなしてあげますけど、とコレットならいうでしょうね。コレットのわかる男は素敵だといってあげますけど、と女たちがキャンペーンでもやるか。。。

閑話休題。
予告した公開ゼミの日程が決まりました。

コレット『シェリ』―小説・映画・翻訳

 映画『わたしの可愛い人―シェリ』(東急文化村)の公開と原作『シェリ』(左右社)の翻訳刊行に合わせたトークセッションです。ゲストは映画の字幕を担当なさった翻訳家、古田由紀子さん。これは「公開」ですから、放送大学の学生さんでなくても参加できます。学習センターを見学するおつもりでどうぞ。緑濃いキャンパスと宮沢賢治の小学校のような時代がかった校舎がとても好きなので、引退まであとしばらく、ここで町医者みたいな先生をやってみようかな、と思っているところです。

於:放送大学東京世田谷学習センター
日時:10月31日(日) 
時間:14h30~16h00

終了後、1時間ぐらい、出席者と自由にやりとりする枠を設けたいと思っています。どのぐらい参加者があるか全然ないか、見当もつかないので、いささか不安ではありますが、申し込み方式はとりません。当日、おこしください。参加の条件は、大学のゼミにふさわしいマナーを守るという一点のみ。
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