工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

高知・ハイチ・ケベック

2011年 10月 11日

1月に1度しか更新しない怠惰なブログです。まずは高知の皆さんありがとう。日本一の「清流」――のはずが雨雲の下の濁流でした!――仁淀川のほとり、静かな山間にある文化施設、土佐和紙工芸村「くらうど」も、手作りでイヴェントを立ちあげてくださった女性たちの有能な仕事ぶりも、そして地元の参加者たちの心のこもった朗読も、本当によい思い出になりました。とりわけ闇夜にうかぶ幻想的なキャンドルアートは素敵でした。『ろうそくの炎がささやく言葉』を蝋燭の明かりだけで朗読したのは、はじめてでしたから。

ところでノーベル平和賞が3人の女性に授与されたのは嬉しいことですね。彼女たちだって、かなりヴォランティア的な活動から社会の変革と平和の構築という大事業に挑んだにちがいない。日本の社会はしばしば「給与」をもらっていない人は「仕事」をしていないかのようにみなすでしょう?

高知で実感したのは、「地方都市の文化の活性化」に貢献しているのは、役所の出先機関ではなくて、イヴェントを企画したり、読書運動を立ちあげたりしている現場の人たちの「無償」の活動ではないかということでした。「無償」を美化することは、奉仕活動が当たり前という風潮を産み、それはそれで警戒しなければなりませんけれど、いずれにせよ文化的な活動は、最終的には大きな経済効果をもたらします。ですから誇りをもちましょう! 西欧の古典文学という「社会的ニーズ」とは無縁な学問にかかわってきた身としては、機会があればこれからも、文化的な活動のネットワークにかかわってゆきたいと思います。

放送大学では10月8日の土曜日に管啓次郎さん、旦敬介さんをお招きし、前半はトーク、後半は朗読会という献立で、デザートに研究室でのおしゃべりという贅沢な催しをやりました。「予習」のために週のはじめからお二人の著作に浸りきり、すっかり熱帯漬けになりました。そのいきおいに乗った感じで本日は書評スタイルの雑文を。

旦敬介さんの『ライティング・マシーン――ウィリアム・S・バロウズ』について。巧く出来上がった本というのは、見た目も味も完璧なお料理のようなもの。満喫させていただきました。「ナイロビに住んでいたとき、一週間ほどザンジバルに行って帰ってくると、アパートが荒らされていて金目のものが全部盗まれていた」という幕開けの一文は、オリベッティの中古タイプライターを買ったという話の導入で、これがキーの早打ちから誕生する文学という議論の伏線となり、バロウズ論の本質にむすびつく。

一方、ザンジバルとナイロビという土地は、すくなくとも本論では二度と出てこない。ところが「あとがき」に語られた著者自身の人生のあまりにも傷ましく「取り返しのつかない事件」まで読んだとき、ふと思い当たるのは、何かゆかりのある地名がここに忍ばせてあるのではないかということです。10年以上の年月をかけ「奇妙な、一種の同時進行的な私小説」のように書き上げた作家論。モロッコのタンジェにおける父と子の再会をあつかった終章は圧巻で、思わず目頭が熱くなりました。

いささか安易に流通しているキャッチフレーズに「作者の死」という言葉がありますが、旦さんはこれに正面から異議を唱えている。そして「作品と作者に寄り添って」読むための道標となる書物をつくったと宣言するのです。乾いたユーモアと洒脱な批評的センスにあふれた書物です。ちなみに19世紀後半の異様な遅筆で知られる作家に親しんできたわたしとしては、なんといっても「高速ライティング」に興味を惹かれました。手で書くこと、果てしなく書きなおすことが官能的にして神聖なる痛苦であるかのような証言をのこしたフローベールは「エクリチュール」の人ですが、そうした近代の創作神話を破壊するという意味で。

バロウズは、まるで「ディクテーション」を受けているかのように、あるいは、まるで自分のなかに「送信者」と「受信者」の両方がいるかのように、猛烈な早打ちでキーを叩くのだそうです。ちょっとシュルレアリスムの自動筆記みたいですけれど、睡眠時の無意識とか薬物による幻覚などとはちがうとのこと。ミシェル・ビュトールなども、タイプライターを活用したようですが、バロウズのように身体化されたものではなかったと思う。

熱烈なファンをかかえたビート・ジェネレーションの王者について、習いたての知識を披露しても仕方ありませんね。ただ、ここ20年ぐらい「生成論的草稿研究」こそが文学の神髄に至る道だと信じてやってきた19世紀作家研究を、多少は相対化してみてもいいころじゃないかな、という思いが、頭のどこかにあるものですから。

旦さんの著作の話をつづけると、「マネー・マターズ」(お金は大事)なんて、なかなか楽しい数字だらけの「実証研究」もあります。バロウズがちょっとした富豪の御曹司なのだという話は、そもそも嘘。著名人になってからも著作の印税だけでは苦しいので、朗読会のギャラでかろうじて食いつないだ、とあります。あの『裸のランチ』を著者がどんなふうに読んだのか、いや会場にどんな聴衆がつめかけ、どれほどの熱気が漂ったものか。想像すらできません。

バロウズはメキシコ・シティに住み、テレパシーの源になるという秘密の飲料ヤヘを求めて南米の旅に出かけ、さらに生活費の安いところをねらって地中海沿いの雑居都市タンジェに移り住む。そうでなくとも旦さんと管さんの本を積み上げてページをめくれば、赤道、南半球、太平洋。このところ19世紀前半の、北半球が純血なネイションの文化的アイデンティティなるものを構築する時代の本ばかり読んでいたものですから、あらためて新鮮な衝撃をうけました。

管啓次郎さんとジュール・ヴェルヌの比較論をひとつ。『八十日間世界一周』は寡黙な紳士が出発点ロンドンの銀行にある賭け金をめざし、東へ、東へと「経度」を稼いでゆく話。『グラント船長の子どもたち』は、姉と弟が定められた「緯度」(南緯37.11度)の線上をまっすぐ進み地球を一周すると、行方不明だった父親との再会がご褒美となる話。『気球に乗って五週間』は、旦さんも訪れたアフリカ東岸の島ザンジバルから西岸のセネガルへ。地図も空白なままの大陸の中心を真横に突っ切りたいところだけれど、偏西風に流された、と読めます。

近代ヨーロッパは、地球を縦横碁盤の目に区切る。北アメリカとアフリカの国境線を見てくださいよ。北半球を上にした世界地図に引かれた水平線と垂直線は、植民地化と収奪の欲望のシンボルじゃないですか。だからこそ、放浪する旅人による『斜線の旅』がカッコイイ抵抗の身ぶりになるのです。四半世紀まえの旦さん、管さんの共著『ブラジル宣言』のなかに、早くも「ホノルルからリオ・デ・ジャネイロへと、大胆な長い斜線を引く」という一文があるのを発見してしまいました。

真似をして、わたしも空想の「細く短い斜線」を引いてみようかな。カリブ海からケベックヘ。これはなかなかいい感じ!(フランスからケベックという北緯45度の長い水平線には、近代ヨーロッパ文明の覇権という幻想がつきまとい、不快になることがすくなくない)。フランス革命の混乱に乗じ、最初の黒人共和国をうち立てたハイチ。そう、わたしたちより一足先に、揺れる大地という悪夢を経験してしまった、あの先輩格のハイチです。

独裁政権下のハイチで育ったダニー・ラフェリエールが、10月はじめに来日しました。父親は若い頃にアメリカに亡命し、みずからもジャーナリストになって身の危険を感じ、ケベックに移り住んだ作家。ニューヨークに住む父の孤独な死の報せを幕開けにおき、故郷での遺体のない埋葬の儀式を終幕とする『帰還の謎』は、詩と散文をおりまぜて、敬愛するエメ・セゼールの『帰郷ノート』への応答として書かれた自伝風の作品です。モントリオール書籍大賞、フランスのメディシス賞を獲得。

ラフェリエールも昔、古いタイプライターを買って、「新しいスタイル」を開拓しようとしたことがあったらしい、狭い部屋の薄暗がりのなかで、猛スピードでタイプを打ちまくったらしい、夏のうだるような暑さのなかで、安ワインをかたわらにおき、上半身裸になって。

そして「ぼくは昔ながらの手書きにもどる」――極度に興奮した周期の終わりにこそ「自然なもの」が見えてくるというのですね。作家ラフェリエールの書き方の秘密は「黒い手帖」にあるようです。芭蕉の旅日記のように、いつもたずさえていて、たえずノートをとる。『我輩は日本人である』という作品まであるそうです。

そのラフェリエールが、たまたま仕事でハイチを訪れて、ホテル・カリブのレストランで注文した伊勢海老を待っているときに「それ」はおきました。『ハイチ震災日記――私のまわりのすべてが揺れる』は「そのとき」もたずさえていた「黒い手帖」の断片形式が活かされた、すぐれた文学作品だと思います。

一分という時間/ようやくにして生活が/静けさ/弾丸/梯子/小さな祝い事/ホテルの従業員/浴室/もの/恋人よ、どこ? ――冒頭から、断片の表題をならべてみましたが、この先は、ランダムな引用で。

あの晩、ポルトーフランスの住民の大部分が、星空の下で眠った。地面に横たわり、身体の奥深くで大地の震えを一つ一つ受けとめる。……道の真ん中に立って腕を十字に組み、一人の女が天に向かって説明を求めている。家族全員を亡くしたのだとすぐに分かる。……外国では街全体のパノラマが眺められる。TVの画面は瞬きをしない。数百のTVカメラでつくられる変幻自在の眼があらゆるものを見せるのだ。すべてが剥き出しになり、一様にされる。死は慎みを失う。……どんな芸術形式がまず出現するのだろうか。衝動的な詩なのか、それとも斬新な光景を貪欲に追求する絵画なのか。地震の最初のイメージが見られるのはどんな場所だろう。……長編小説には最低限必要な経済的安定というものがある。ハイチではそれは難しい。……笑いと死。だから、品のない言葉を用い、猥雑な調子で語らなくてはならない。田舎でのお通夜では今でもそうするのである。

マリーズ・コンデの『マングローブ渡り』のように、あるいはジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』のように。いずれだれかが、ハイチの、あるいは東北の「通夜」を芸術の形式で語ることになるのでしょう。

ダニー・ラフェリエールの初来日にぴたりと合わせ『ハイチ震災日記』と『帰還の謎』を同時刊行した立花英裕さんと小倉和子さんのインテンシヴな仕事ぶりに心からの敬意を表しましょう。日本ケベック学会とハイチ支援フランコフォニー委員会の有志のあいだで立ちあげた企画だとのこと。

さて、長くなりました。今月の写真は朗読会の夜のキャンドル。高知で有能な仕事ぶりを見せてくださった池田葉子さんの作品です。小さな名刺にはおどけた文字で「フォトグラファー、革職人、ベース弾き」とありますが、新聞のインタビューでは「主婦」となっていて、わたしは例によって不機嫌な顔をしたわけです。「アーチスト」はどうでしょう? ノーベル賞の外国人女性なら「給与」をもらっていなくても「人権活動家」「平和運動家」と持ちあげるくせに、日本の新聞のセンス、本当にダメですねえ。

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Photos by Yoko Ikeda

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