工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

ヴァカンスの読書のために―『花咲く乙女たちのかげにⅡ』

2012年 7月 26日

『失われた時を求めて』の第4 巻。6月半ばに刊行されたばかりです。訳者の吉川一義さん、計算してスケジュールを組んだのかしら? とにかく、これほど贅沢なヴァカンス向きの小説はありません。

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幼い恋に破れて2年後のこと、甘ったれで病身の青年がノルマンディの海辺の保養地で、優しい祖母につきそわれて一夏を過ごす。それだけで、文庫本にあるまじき650ページになってしまうのだから、いったい何が書いてあるのだろう、と怖じ気づいてしまいそう。たとえば、山間の曲がりくねった線路を走る汽車の窓から見える朝焼けの空――これだけで数ページ。

「鉄道での長旅には日の出がつきものである」という短いセンテンスに始まって、うぶ毛のような雲の縁がバラ色に染まり、色彩が命を帯びて、背後に光が蓄積されてゆく、と思ったとたんに、列車は急カーブを切って、車窓の風景もがらりと変わり、「乳白色にかがやく真珠母色の夜のとばり」で覆われた夜の村があらわれる。小さな駅でカフェオレを売る大柄な村娘の顔が、朝日を正面から浴びて燦然と金と赤の光をはなつところがクライマックスで、そう、訳文にすれば数ページになります。

フェリス女学院のフランス語上級クラスでも、駒場の初習外国語の教室でも、フランス科の講義でも、数行だったり、数ページだったり、とにかく学生の顔を見ながら、一見、難解なテクストを読んでみることは、わたしの趣味だったから。あ、覚えている、という人、きっと相当数いるはずです。わたし自身の思い出の空の筆頭は、まだ高校生だったころの信濃追分の夕焼けと、それ以上の迫力で、プルーストの日の出。夕暮れ時に高架線の通勤電車にゆられているときにも、あ、プルースト! いったんイメージになってしまえば、読書の記憶は生身の記憶に劣りません。

馴染みのないホテルの部屋で「意識する身体」が空間や物や臭いの攻撃を受ける苦難の夜についても数ページ。でも、翌朝の海の光景は! 書棚のガラスが船窓になって、室内にまで海が躍り込んでくるというところから、たしかに海は生き物なのですけれど、波は山塊となり、雪の頂の下にはエメラルドの宝石のような水の傾斜があって、それが眉をしかめた百獣の王みたいに悠然とくずおれると、太陽は笑顔というより顔のない笑みだけを投げかける。沖合まで見わたせば、そこはトスカーナ地方かアルプスか、いつしか水面は神話の巨人たちが戯れる緑の牧場になっている。

この3ページほどは、いってみればメタファーの饗宴ですね。この巻には、画家のエルスチールが語り手に芸術の秘技を伝授するエピソードがある。その内容は、町を描くのに海の用語を、海を描くときには逆に町の用語を使うこと、と要約できるのですけれど、無生物が生物に、液体が固体に、海が陸に変貌するこれらのページは、まさにそれ。マチエール(物質)の世界で戯れるプルーストの華麗な技が、いわばイントロ風に演じられているのでしょう。

プルーストは「審美的」に読まれすぎている、と吉川さんも「あとがき」でいっておられますけれど、本当にそう。造形された登場人物たちは、モラリストの伝統をもつフランス文学ならではの、鋭い人間観察の成果です。ひとりひとり、じっくり味わいましょう。わたしだって、教授会で腹が立ったときに、あ、この台詞、プルースト! で救われましたもの。でも『花咲く乙女たちのかげに』は青春ものだから、さわやかな人が多い。大人もリラックスしていて、ちょっとした意地悪が発揮される場面も、笑いを誘う。これも夏向きの読書である理由。

いちばんカッコイイのは、陽光あふれる浜辺から、青い海を背景に、海の色の目をもつ青年が、薄暗いホテルのロビーに入ってくるところ。サン=ルー侯爵は、眼光するどく、ブロンドの肌と金髪は太陽光線を吸収したかのよう。男にあるまじき、白っぽくしなやかな服装で、ゆれる片めがねが目の前で舞う蝶であるかのように、この小さなめがねを追いかけて、足早に空間を横切っていくのです。想像しにくい? サン=ルーの身ごなし、というより、空間のなかでの身の置き方は不思議なんですよ。最終巻『見出された時』の戦時下の夜、自分も呪われた性のもちぬしであることを自覚して、男娼の館に通う軍服姿の彼なんか、ずばりubiquitéという言葉で形容されている(戦死する青年士官の最後の姿)。あのコンピュータ用語の「ユビキタス」です――ここにいて、ここにあらず、あらゆる地点に同時に存在する。

ほかにも、語り手の祖母がもちあるいているセヴィニエ夫人の書簡とか、祖母の知り合いでゲルマント一族の貴婦人でありながら黒いウールのドレスを着ているヴィルパリジ夫人が、娘のころにサロンで見かけた作家たちについて高飛車な人物評をやる話とか、弾丸のように突き刺さる「流し目」を語り手におくったシャルリュス男爵の、男色ゆえの奇怪なアプローチと恐るべき教養とか、文学講義まがいの雑談なら、いくらでも出来ますけれど、とりあえずサン=ルーに話をもどせば、この青年は「知識人」です。

「知識人」というのは第三共和制がもとめた「新しい人間」なのですね。というのは、以前にも話題にしたアルベール・チボーデの瀟洒かつ難解な『教授たちの共和国』の受け売りですけれど。プルーストは1871年生まれでチボーデは1874年生まれ。1894年に始まるドレフュス事件から1905年の政教分離法成立、そして1914年の世界大戦勃発まで、近代世界の大変動を同世代の目で見つめていた。「ドレフュス事件は原理的なレヴェルでは、知識人のコーポレイション(社会的組織)と軍人のコーポレイションの闘争であり、カトリック教会の政治的な敗退は、ライックな有識者clerc laïqueの役割を増大させた」という趣旨の記述がチボーデの著作にありました。ちなみにlaïqueとは「非聖職者の」という意味でclerc は本来「聖職者」を指しますが、ここでは「聖職者並みの知識を蓄えた人間」のこと。わざわざ語彙矛盾のような表現をえらんでいるのには意図がある。19世紀を通じてじわじわと進行した宗教をめぐる地殻変動が、ここである種の決着を見て、社会の知的な基盤が入れ替わった、ということでしょう。

プルーストは左翼カルテルが選挙で勝利する1924年より前に他界していますけれど、天才的な文学者は未来を予感し、過去を透視する。しかも語り手自身は「反・知識人」みたいなふりをして、ヨーロッパ屈指の大貴族の末裔に「知識人」をやらせるところが、いかにもプルースト。サン=ルーは貴族性と共和主義によって政治的にも引き裂かれているのです。

貴族文化をうけついでいるのが貴族だけではないというところは、プルーストなりの民主主義でしょうか。語り手のお祖母さんとお母さんが、セヴィニエ夫人の典雅なフランス語をあやつり、太陽王の時代の文芸サロンのエスプリを理解しているという設定が、わたしはとても好きなのです。一方で、ヴィルパリジ夫人の作家批判は、よく知られているようにサント=ブーヴのパロディなのですが、口調だけとっても、おしゃべりなブルジョワ・マダムみたいで可笑しい。ゲルマント公爵夫人の閉鎖的なサロンは、どのぐらい皮肉に描かれているのでしょうか。17世紀、古典主義の絶頂期における大貴族のサロンの洗練とは如何様なものであったかを熟知する、マルク・フュマロリみたいな偉い批評家の本を読んでいると、なんとなくは想像できそうですけれど。

王政復古期のバルザックは、貴族はあくまでも貴族らしく描こうとしていたはず。世紀半ばのフローベールは、世界を占拠したブルジョワどもを(自分もふくめて)憎悪した。これに対してプルーストが描こうとしたのは、近代的な意味での「社会階級」ではなくて、外交官とか、医者とか、サロンに集う暇な人種とか、あるいは裕福な家庭やホテルの使用人とか、さらには舞台の芸人とか、知識人とか、要するにチボーデのいう「コーポレイション」だった、いえ、正確には「コーポレイションに属する個人」だったのでしょう。

あらためてセヴィニエ夫人の話。そもそも旅に出る上品な老婦人が、セヴィニエ夫人の本をたずさえていること自体が、それだけでも絵になるって感じなのです。語り手自身もセヴィニエ夫人の文体を高く評価していて、汽車のなかで祖母に借りた書簡集を開き、月光に照らされた並木道を散策する人影がモノクロで素描された短い断章を引用して、ドストエフスキー風だと論評しています。ちなみに月の光については、このあと、ずっと先ですが、シャトーブリアンとか、ボードレールとか、語り手がいろいろ蘊蓄を傾ける場面があって、その布石かもしれません。次のページに置かれた色彩ゆたかな日の出の描写も、もしかしたら、セヴィニエ夫人へのオマージュ?

しっかり念頭におきたいのは、「ものごとをまずはその原因から説明するのではなく、私たちの知覚の順序にしたがって呈示する」というセヴィニエ夫人の手法です。これはエルスチールに通じる偉大な芸術だと語り手はいいますが、じつはプルースト自身の手法でもある。日の出の描写もそうだし、あの「花咲く乙女たち」にしても、そうしたわけで、堤防の向こうから、うごめく小さな斑点のように視界に入ってくるのです。それがカモメの群れとなり、美しい娘たちとなり、ただし、その日は人間として個別化はされぬままに、自転車とか、ゴルフのクラブとか、バラ色の頬とか、緑色の目とか、ひよこの嘴のような鼻とか、知覚された断片に語り手は目を奪われている。そのうちに、なんと20ページほどの時間、わたしたちも浜辺にたたずむことなります。こんなふうだから『失われた時を求めて』は、長い。

一般には「テンポのよい小説」というのは誉め言葉でしょう。まず舞台が呈示され、登場人物が紹介され、ドラマが進展して、大団円になる。事件が解決すれば、あとはもう語ることがないから、「二人は結婚して仕合わせに暮らしました」とか、「老いて死にました」とかいって幕にする――そんなものは、本当の「現実」ではない! という確信がプルーストの芸術の出発点にあるのです。だからって、むずかしいだろうと身構えることはありません。

おりにふれて、汽車のなかや、海辺のホテルのテラスで、セヴィニエ夫人の書簡を開いて読む、語り手のお祖母さんやお母さんの読書法。『失われた時を求めて』という作品も、そうした読まれ方を、ひそかに夢見ているのではないでしょうか。

吉川一義さんは、プルースト研究に生涯をかけたといえる人。訳文と原典との親和性は、ほのぼのと伝わってきますし、訳注や図版までふくめれば、フランスにも、これほど「贅沢」な版はありません。と、しっかり応援しておいて――8月は、わたしもヴァカンス。エッセイはお休みします。家族の事情もあり、旅に出るわけではないけれど、でも、読書って旅と同じですよ。ひとたび記憶になってしまえば、書物の思い出のほうが、ずっと生々しいような気もします。

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