工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

「文明批判」のつづき

2013年 4月 29日

このサイト、1月に1回は更新することに決めていたのですが、それどころではない! という感じで、お休みしました。10年前に出した『ヨーロッパ文明批判序説』のつづきを、ようやく入稿したところ。ちょっとばかり解放感を味わっています。「続編ですか?」と担当の編集者に正面から質問されて、ウーム、どうかなあ…「近代批判」という意味では連続した仕事なのだけれど、ただし切り口が違う。今回は「文明」ではなくて「宗教」です。

ところで「文明」という言葉のいかがわしさ、お気づきですか? ボストン・マラソンの事件も、予想にたがわず「文明の衝突」というメディア受けする物語に回収されそうな勢いです。背後には、あの「巨大な犯罪組織」であるところのチェチェンの「イスラーム・テロ組織」が、と早速ロシアのニュースがしたり顔に解説していました。「文明と宗教」をセットにした判りやすいプレゼンテーションは、いずれブッシュ前大統領の「悪の枢軸」という暴論に行き着くはず。これは危険です。

「文明の衝突」(もしくは「対話」)という理論は、1970年代からの世界的な「地殻変動」をもはや有効に説明しきれないとする批判があります。わが国では相対的に知名度が低いけれど、オリヴィエ・ロワはジル・ケペルとならんで現代イスラームについての発言を傾聴されている第一線の研究者。現代世界を「脱テリトリー」と「脱文化」というキーワードによって横断的に読み解くという野心的な比較宗教学の構想を数行で紹介するのは、なかなかむずかしいのですが。

たとえばペンテコステ派などのプロテスタントにせよ、急進派サラフィズムなどのイスラームにせよ、本来のテリトリーを離れて急成長している今日の原理主義的な宗教勢力は、特定の文化との結びつきを放棄することで「普遍性」の外観を身にまとう。つまり、宗教は「脱文化」という戦略により「グローバル化対応」を成し遂げるのだというのが、ひと言でいえばオリヴィエ・ロワの見解です。

テロなどの過激な行動に走る若者は、たいてい日の浅い「改宗者」つまり即席の「イスラーム」であるとのこと。親族も離散して、根づきの場としての祖国を追われ(=脱テリトリー)、文化との紐帯を断ち切られたまま(=脱文化)世界を漂流している若者たちの存在に、目を向けるべきではないか。こうした孤独な若者たちは、それこそ星屑ほどもある「グローバル化対応」の組織をあちこちと、イスラーム系であろうと福音主義であろうとおかまいないしに渡り歩く。実社会との絆を失った人間がインターネットのサイバー空間を浮遊し漂流するという現象が、じつは社会に対する「攻撃」を懐胎するのである――という趣旨のことを、オリヴィエ・ロワは2004年の『グローバル化したイスラーム』(L’Islam mondialisé)のなかで語っています。ところで、わたし自身は、たとえばこうしたポストモダン的状況を見極めるためにも、くり返し近代に立ちかえり、批判的な読解を更新すべきだと考えているわけで、「宗教と文化」という切り口からヨーロッパ近代を読みなおすというのが、今回の著作の主要な目標です。

さて、原稿が手を離れた直後から、積んであった本を読みはじめました。石橋正孝『〈驚異の旅〉または出版をめぐる冒険――ジュール・ヴェルヌとピエール=ジュール・エッツェル』――昔、駒場の教養課程でカリキュラムの大改革をやったとき、その成果を公開しようということになり、全ての開講科目(膨大な数…)の担当講師から推薦してもらったレポート(あの頃は殆どが手書きだった…)を編集委員会が審査して、分厚い「学生論文集」を編んだことがあります(深夜の研究室で、わたしが学生たちの原稿のゲラ校正をやった…)。その時に、ミシェル・ビュトールを全部読んでいる不思議な文学少年として記憶に残った1年生が、この書物の著者になりました。

フランスの大学でしっかり研究のマナーを修得したことで、同じフランス文学の同じ作家を研究する同業者にしか読んでもらえない「専門家」になってしまったりすることが、ないわけではないのですが、このジュール・ヴェルヌ論は ① 留学先での最先端の草稿研究を踏まえた博士論文としての高度な立論 ② 今も健全な文学少年の閃き ③「編集」という、まあ言ってみれば現代日本の出版業界でも「市場性」のありそうなトピック、と三拍子揃っています。

編集者エッツェルなくしてジュール・ヴェルヌという存在はありえなかった、と事後的に確認するだけなら容易いこと。そうではなく、二人のあいだに一体どんな「システム」と「メカニズム」があって「驚異の世界」というシリーズが生産されたのか、という話なのです。面白いのは「小説家=出来事の配列をやる人」と「作家=文体を練る人」を対立的に捉えるという暗黙の了解があったらしいこと(もちろんフローベールには、こんな分類法はない)。エッツェルとヴェルヌの役割が「小説家」と「作家」に単純にふりわけられているわけではありません。なにしろ、この編集者はスタールというペンネームをもつ作家でもあった。経緯は複雑なのですけれど、ヴェルヌの手書き原稿へのエッツェルの書き込みや、手紙のやりとりから、創造の現場における「メカニズム」、そして書物の出版に至る「システム」を再現してみせよう、という目論見です。謎解きの手法としても、いくぶんジュール・ヴェルヌ的な冒険といえなくもない。

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書物の山場は後半です。ミシェル・ビュトールのヴェルヌ読解が思考の滋養となったうえでの議論でしょうけれど、たとえば「北極点」や「地球の中心」というトポスは、ある種の「至高点」であり、これは「対立物の解決」する場所、つまりミルチャ・エリアーデが「聖性」に与えた定義に他ならない、という指摘があって、これがわたしの考える広義の「宗教的なもの」を不意に浮上させ、「ヨーロッパ宗教文化論」の展望につながりました。

19世紀は、たんに宗教が「後退」した時代ではない。「宗教的なもの」がカトリック教会の独占的な管理を離れ、いわば「自由化」されたのです。そこで、ヨーロッパ近代文化のなかに遍在する「宗教的なもの」を探りだそうというのなら、その手がかりと現物は「文学」のなかにある。というのが、目下わたしの実感しているところ。明示的に宗教的な事物というだけでなく、上記のような思考のパラダイムとか、空間の意味づけとか、もっと具体的な例としては、告解の習慣とか、人間の死に方とか、墓地の世俗化とか、その背後にある死生観の変化とか…。

ところで、ジュール・ヴェルヌは科学を一途に信頼していたのでは全くなくて、科学の進歩に対する不安と啓蒙の使命とのあいだに折り合いをつけるという課題を優先し、これに応えたのだ、という指摘も、なるほど、と思いました。ここで「科学」と「宗教」に話はシフトして、二冊目の本は、オーギュスト・コント『ソシオロジーの起源へ』(杉本隆司訳)。こうした志の高い出版企画により、「ヨーロッパ近代」の読みなおしが進展するのではないかと期待します。帯にも記されているように、コントは実証主義、社会学の開祖のようでありながら、晩年に「人類教」を打ち立てようとした人物。この知的遍歴は、おそらく予想外の「変節」ではなかった、人類に有用な「科学」を単純かつ無防備に崇拝するというだけの話でもなかった、というところまで明らかになることを願っています。

「一般近代史概論」(1820年)などを読むと、あらためて「文明」の概念抜きではヨーロッパ近代は定立しえなかったのだという事実が確認できるように思われます。「世俗化」は「近代化」の証しであるという主張は、それ自体が近代の産物にすぎないことを、わたしたちは常に念頭に置くべきなのですが、それにしても「世俗」の対立概念を、わたしたちは理解しているか、正確にイメージできるのか、というのが、わたしの逢着している大きな疑問。

もとがカトリック的な語彙である「スピリチュアリティ」は「精神的なもの」ではなくて「霊的なもの」であり、啓示宗教においては超越的な次元、つまり絶対者から降ってくる。これが教会の「霊的権威」です。そう考えると、島薗進『スピリチュアリティの興隆―新霊性文化とその周辺』が、むしろ自然宗教的な「スピリチュアリティ」の系譜に属する現代日本の「霊性文化」を語っていることに気づき、近現代の世界を網羅する大きな構図が見えてくる。またまた大風呂敷になりそうだから、この辺でやめますが、ひと言だけ。

フローベールの書簡を読んでいても、精緻な科学的思考を追求してゆくと、ついに「スピリチュアリティ」の領域に突き抜けるという感覚があったのではないかと思うのです。19世紀の知性が「宗教」と「科学」という語彙をどのように使い分けていたか。すくなくとも、水と油のようなものではなかったはず。若い世代の研究者たちは――マルクスを読んで知識人になった世代と比べれば――「科学=近代化=世俗化」をセットにする思考の硬直から相対的に解放されているでしょう。今後の展開が楽しみです。

最後の一冊。といっても、これは思わず乗り物のなかで読みたくなる本で、原稿の見なおしをやっていた頃に読みおえました。旦敬介『旅立つ理由』は、ANAグループ機内誌に連載された短篇がもとになっており、ただし、冒頭の話題とむすびつけるなら、旅にかかわる話といっても「文明」のエキゾチズムじゃありませんよ。一見「脱テリトリー」風でありながら「脱文化」へのアンチテーゼかアンチドート(解毒薬)みたいな力強い作品集。「フランス料理」とかネイションの名を冠したものではない土地の食べもの、それもなんだか不思議な素材の手作り料理が、ちゃんと食欲をそそるように書いてある。この方は、ハンモックで腰痛にならずに寝られるジャパーニらしいので、以前から尊敬しているのですが、ユカタン半島からアフリカのどこかまで旅をしてしまった由緒あるハンモックの話も傑作。土地も人間も風物も、見馴れぬ片仮名表記の連続で、すこし抵抗感のあるテクストが、ああ遠くまで来たんだなあと思わせる。紙面を堂々と占領する門内ユキエの華やかな挿画に誘われて、先へ先へとページをめくってゆくと、ブラジルのカーニバルの日、つかまり立ちをしていた赤ちゃん(ケニア人のアミーナとジャパーニの夫の息子)が、突然、生まれて初めて、よちよち歩きをした瞬間に幕! 

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M. Otuji

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