工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

教育は出会いのドラマです

2008年 11月 7日

もう、じきに現役は退くつもり、などと公言する一方で、はじめて教壇に立った若者のようなタイトルを掲げてしまいました。

でも、本当にそう思うのですよ。短絡的で不毛な「市場原理」に苦しめられているのは、教育業界にかぎらないでしょうけれど、二言目には「評価」だとか、「数字で示せ」といった号令が飛んでくると、これじゃあ教員は疲弊するし、現場は荒廃するなぁ、とつくづく感じます。それでも大学が企業と異なるのは、教育の現場には、何か特別なものがあるということでしょうね。わたしはこれを「命」とか「神聖なもの」とか、時代錯誤な言葉で呼んでいます。

そもそも放送大学の教員にならなければ、このさわやかな自然と秋の陽光につつまれた建物で、初対面の人たちをまえに授業をやっているわたしなどありえなかった。そんな思いが何度か頭をよぎった出張でした。山口学習センターは、環境は抜群、ただしかなり不便なところにあります。時刻表を見たらJRが1時間に1本以下! 都市の中心部の過疎化が進み、地方全体のインフラが急激に変貌してしまっていることを実感しました。そうした条件のなかで、こぢんまりとした集団ながら―あるいはむしろ、小規模なセンターの求心力のようなものを発揮して―元気に活動している学生さんたちと出会うことができました。

1日の授業を終えたあと、交流会をやりたいという提案が同窓会からありました。さすがに自宅から小一時間のところにある神奈川学習センターとちがい、前もって顔合わせや勉強会は出来ませんから、あらかじめ著書や訳書をえらんで何冊か送っておきました。読んでくれた人に景品としてサイン入りで差しあげます、というアイデア。遊び心は大切です。

開口一番、「ココット」の話に「ハマッテ」いますと伝えてくれた方、『シェリ』の「あとがき」まで読めば、「高級娼婦」と訳される「ココット」が何であるか、およその想像はついたはず。集英社の文庫本でプルーストを読みなおすと約束してくれたモーレツな読書家さん、ちゃんと通勤電車のなかで読んでいるでしょうか。

こんな楽しいエピソードが思い出に刻まれるのは、遠征のご褒美かもしれません。もっともそれは、教室がどこにあろうと同じことですが。ひょっとしたら、この人は、論文が書けるかもしれない! と内心で独り言を言うときのわたしは、思いがけず美味しいご馳走を見つけたときのような昂揚感を味わっている。年齢のわりには、人生に対して食いしん坊なのです。

センターの学生さんたちが声をかけてくださるのは、「ノルマ」で派遣されるより、ずっと心がはずみます。今回は、さる男性が熱心に「指名」してくれたのですって。じつはわたくし、自分は女性に人気があると勝手に決めこんでいる女性なわけでありまして、こういう予想外の面白さをふくめ、山口では現場ならではの「命の洗濯」をさせていただきました。

話は変わりますが、「外国語学習と異文化理解」のベトナム語教材のコーナーに、『ベトナム 私の故郷』という美しい歌が立ち上がりました。

「初歩のベトナム語」 (タイトル下の田園風景の窓をクリックしてください)

ベトナムの人なら誰でも口ずさむことのできる国民的な愛唱歌だそうです。面接授業を担当してくださっている吉本康子さん、小川有子さんが制作してくださったDVDの素材の一部です。わたし自身、聴いてみたら、なんて懐かしく胸に響く音楽……とすっかり惚れこんでしまい、なんとかなるかしら? とつぶやいたら、ほんとに、なんとかなってしまったという話。

たまたま友人のご親戚にベトナムの著作権関係の偉い方がおられたから、というので、信じられないような早業と好条件で、著作権処理をしてくださった小川さん。研究のうえでも役立ちますから、と独りビデオを抱えて街を歩き、笑顔の子どもたちや、籾殻を山積みした荷車引きのおじさんに話しかけながら、活き活きした動画の素材撮りをしてくださった吉本さん。

自慢じゃありませんけど、こうした高水準の「ヴォランティア精神」に支えられて、わたしの「外国語学習」サイトは成長してきたのです。カメラをかまえた日本人が現地の文化を知る研究者で、現地のふつうの人たちと対話をしているからこそ、異文化コミュニケーションの和やかな雰囲気が、画像や映像に漂うことになる。観光ガイドのためにプロのカメラマンが撮ったぴかぴかの写真などは、わが「教育哲学」には馴染みません。

小川さんは、夏の神奈川学習センターとの交流にもご登場くださった若き友人ですが、そのときの講演会をDVDに編集したものが、フェスタ実行委員の木村さんから送られてきました。花束をいただいたあと、なぜかわたしが、小川さんのワンピースのベトナム刺繍を自慢している場面があったりして、イヴェント全体のことが思い出され、よい記念になりました。

そういえば、あのとき講演会場で、出来上がったばかりの『ベトナム 私の故郷』のお披露目をしたのでした。参加者の皆さん、ご自宅のパソコンのまえで、ゆっくり眺め、聴きなおしてみてください。そして1学期の面接授業「初めてのベトナム語」に挑戦してください! いずれ、このサイトで構想を詳しくご説明しますけれど、首都圏のセンターでは、来年度から初歩の外国語を多様化して、新プログラムを展開します。

▲ ページの先頭へ戻る