工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

閑話休題――「オヤジ」について

2008年 7月 15日

めったに行かないといいましたが、それでも何かの集まりで古巣の駒場キャンパスを訪れることがないわけではありません。

S:キャリア風の颯爽とした女性。
P:やや疲れた顔つきのわたし。

S:先生、わたしフランス科の卒業生じゃないんですけど、卒業式のあとのパーティで、一度だけ先生とお話したことがあって。

P:?

S:その時に、先生が言われたこと、忘れられないんです。

P:…

S:あなた、大学の教室ってところはね、男の教師もふくめ、そこそこ上品だけど、世の中に出たら、それこそオヤジだらけよ。オヤジはちゃんと蹴っ飛ばして、しっかり生きていきなさいよ、って。

P:?!

S:そう先生がおっしゃったんです。

(にこにこ笑って聞いていたPが、おもむろに口を開き)

P:で、どうだった? オヤジ、いるでしょう!

S:ええ、そりゃもう!!!

P:しっかり蹴飛ばして生きている?

S:はい!

P:これからも頑張ってね。

S:はい! 頑張ります!!

「オヤジ」などという古めかしい言葉が出てくるのは、たぶん10年ぐらい前の会話だからでしょうね。

相手が個人なら「オヤジ」でも「マッチョ」でも「権力」でも、なんとか工夫して闘うなりやり過ごすなりできるような気がするのですけれど、「制度」というのは偶発的にではなく本質的に「マッチョ」で「権力」であります。

小さな作業部会などでも、立ちはだかるものの大きさに愕然として、これを蹴っ飛ばしたら、骨折とか、大怪我するかも、と思うことありませんか?

その場合、はたしてこれは、心中するほどの相手か? と自分に問うてみましょう。そしてもちろん、冷静かつ慎重に考えて、しかるべき結論を出しましょう。

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