工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

プルーストの小径

2007年 11月 20日

木枯らしの吹く季節。戸外の冷気と室内のぬくもりが二重に読書の静謐をつつみこんでくれる。日本の気候風土のなせるところか、そんな理想郷のイメージが、一方にあるようです。

他方でフランスの読書には、陽光のふりそそぐヴァカンスが似つかわしい。という勝手な思いこみは、ひとつの鮮やかな思い出に由来します。

子ども時代の日々のなかで、それを生きることなく過ごしてしまったと思われた日々、つまり大好きな一冊の書物とともに過ごした日々ほどに、充分に生きたといえる日はないのかもしれない。

「読書について」というエッセイの冒頭ですが、プルーストには、人生最高の読書とは、子どものころの読書なのだという確信がある。『失われた時を求めて』の第一巻「スワン家の方へ」によれば――子どものころに庭で夢中になって本を読んでいると、その登場人物たちの生きている世界の風景が色濃く脳裏に浮かぶ一方で、ふと目をあげれば見えるはずの緑の木陰や花々の色彩も、あたりにそこはかとなく漂っている……。

そんな二重の色彩感覚を、わたし自身はもったことがありません。わたしの思い出に屋外の読書はないのだし。記憶をたどれば、ひ弱な小学生だったわたしの読書には、布団にもぐりこんでやり過ごす長い時間の気だるく平和な感覚が結びついている。プルーストを読み返すうちに、わたしはしだいに読書の思い出を、他人のそれにすげかえてしまったのかもしれません。

今では他人のものとは思われなくなった、子ども読書の理想郷を、生のイメージとしておとどけします――なんのことやら? と思われるでしょうね。

『世界の名作を読む』の「プルーストの小径」が更新されました。これで、ひとまず完成。小説の語り手が少年時代に休暇を過ごしたコンブレーの風景です。「レオニ叔母の家」の寝室から、地平線にとどく青々とした麦畑まで。気鋭のプルースト研究者、坂本浩也さんが、デジタル画像を構成し、解説文を書いてくれました。動画のほうは、外国語ポータルサイトでも活躍している森元庸介さんの撮影です。

同じサイトの「朗読サンプル」のページには、新しいテキストが3つ追加されました。『失われた時を求めて』からは「プチット・マドレーヌ」と「心の間歇」を。そして「読書について」のなかからは、いってみれば「大人の読書」の粋と呼べそうな断章を。「テキスト」をクリックして、「縦書き・横書き」を選択してください(PDFソフトが必要です)。

ついでに宣伝しておきましょう。同じく「朗読サンプル」のページ。メルヴィルの短篇『バートルビー』は、講師の柴田元幸さんが、このサイトのために、新訳を仕上げて提供してくださったもの。なんとも贅沢な「文学の贈り物」ではありませんか。

「プルーストの小径」に話は戻りますが、地図の左下にある公園プレ・カトランは、わたしの偏愛するヴァカンスの読書空間です。movieの小鳥のさえずりは本物。「消さないでね!」とディレクターに注文をつけました。

光に満ちたプルーストの世界が、多くの方々にとって、親しく懐かしいものとなりますように……。

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