工藤庸子, 放送大学教授,
eternel imparfait

大学のレポートって何?

2007年 7月 5日

「世界の名作を読む」の通信指導問題に関するコメントです。

1.印刷教材の丸写し、引き写し、抜き書き、等、要するに「コピペ」は不可!

残念ながら予想以上にありました。大学受験の弊害でしょうか、他人の口まねをして、言葉を引き写しておけば、なんとかなるという悪しき指導が、どこかでなされているのでしょうね。

① 大学で求められるのは、ひとりの大人として主体的に考えること。
② それが達成できるのは、言葉や文章が自分自身の思考の道具になったとき。

もちろん、これは容易いことではない。でも、これこそが教養教育の究極の課題ではありませんか。そのために履修者を個別に指導する態勢があるから、放送大学はカルチャー・センターではない、と言えるわけ。来学期の通信指導問題には――ちょっと恥ずかしいなあと思いつつ――「コピペは不可!」みたいなことを、設問の注意書きに添えることにしました。

2.「ですます調」ではなく「である調」で書く。

「文体」とは「考える姿勢」です。
「エッセイ」という注文であれば、あれこれ思ったことを楽しくおしゃべりするという調子で、ひっきりなしに「…と思いました」「…と感じました」とくり返すのも自由ですが、でも、やはり上手とはいえませんよね。

「である調」を使ってご覧なさい。背筋が伸びて、ちょっと頭が冴えた感じになるかもしれません。「世界の名作を読む」の設問は、原則として「誘導尋問」になっています。つまり答えのヒントやエッセンスは、放送教材と印刷教材のなかにあるのです。でも、丸写しはダメ。つまり「自分の言葉で書くこと」を心がけてほしい…。

3.要は、使用する「語彙」と書く「順番」の問題です。

教材もまた、それぞれの講師の「文体」で書かれていますから、一概には言えないのですけれど、まずはテキストをぐっとにらんで講師の考えていることを読みとってください。

① 設問に対する解答として、ここがエッセンスだと思うところはどこですか?
② その前後には「立論」が、つまりエッセンスを補強するための議論や例証がありませんか?

さて、あなたと講師とは別人格。同じ語彙を使って同じ順番で思考するはずはありませんよね。そこで『「引用の技」と「ふまえる」こと ― レポートの書き方』(2007年5月3日)をもう一度読んでみてください。大原則として、エッセンスとキーワードは「引用符」つきで引用すること。

わたしの提案する「練習」は、たとえば、こんな感じです。レポートの冒頭に印刷教材のエッセンスをもってきて、なぜなら、という立論部分を、順番を入れ替えたり、例証を付け足したりして書いてゆく。そして各章に添えられた作品の引用などを利用して、自分自身の解釈をつけ加えられたら、ほぼA評価ですね! もちろん、この順番は、いくとおりもある順番のひとつにすぎません。

4.A評価の絶対条件は日本語です。

日本語は、独りよがりで、主語と述語の関係がずれたりして、論理が迷走していても、なんとなく、読めてしまいそうな気がする言語であるようです。気取った「名文」のつもりらしい不可解な「迷文」との闘いは、しばしば修士論文の指導でもつづくのですが…。

「構文がわかりません」「意味が不明瞭」などという赤字が書き込まれた答案を受けとった方、自戒してください。まずは短く明快な文章を書くこと。短い文章が書けない人に、粘り強い文章が書けるはずはありません。

それにしても文学のレポートはむずかしい。一つの設問に一つの正解があるというよりは、むしろ設問について考え、書く力があるかを問われているのです。「AかBか」という設問があったとき、「どちらとも言えない、なぜなら…」と答えることもできるでしょう。繊細に思考するプロセスそのものが、文学のレポートの課題です(わたしの話は結局むずかしくなりますね。反省…)

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